志波くんの視線が熱いのも。
私がヘンな気分になるのも。
きっと、全部、夏の所為。
cornivore
「おーーい、マネっ!!」
夏合宿四日目、朝。監督のだみ声が合宿所の食堂に響き渡る。
その声に、小波ミナコはちょこんと小首をかしげるように、小さく振り返った。
「はい、監督!なんでしょう?」
「朝食の準備ご苦労!そろそろ食事を始めよう…と思ったんだが。」
「…あーーーそういえば。」
「ああ、志波がいないようだな。悪いがちっと部屋まで行って
様子を見てきてくれないか?あいつ昨日は廊下で寝ていやがったからな…」
「あははは!昨日は志波くん、すっごい格好で寝てましたよね?」
ミナコの満面の笑顔に、監督は思わず苦笑いを漏らす。
そう。昨日の朝食時…志波だけが姿を現さず、何か大事でもあったのかと
皆で捜索したところ、なんと洗面所近くの廊下で、志波が大きな図体を
くるっとネコの様に丸めて寝ていたのだ。たたき起こして本人に詳しく
聞いてみたところ、歯磨きをした記憶まではあるらしいのだが…急に
眠くなってその辺で寝てしまったということらしい。
「まぁ、ここんところ練習きついですし。元々志波くん、朝、弱いから。」
「ああ、それは分かってる…しかしだな、あんなところで寝られたら
世間様の迷惑だ。合宿所を使ってるのは野球部だけじゃないからな。」
「ふふ、そうですね。じゃあ、志波くん起しに行ってきます!
みんなは先にご飯食べちゃっててください。」
「おお、小波悪いな。よろしく頼む。」
志波の起床を命令された小波は、さっそく昨日志波が寝ていた洗面所
近くの廊下へ向かった。流石に二日連続で廊下に寝ているという事態は
免れたようで、人一人いない廊下は静まり返っている。小波はそのまま
その廊下を通過し、野球部が使っている大部屋へと移動する。女マネである
小波には小さな一人部屋が与えられていたが、男子部員は学年ごとの
大部屋三つに分かれて寝食を共にしていた。小波は二年部屋の引き戸を
そっと開いた。
「………。ねみぃ……。」
志波は今日起きてから、もう何度呟いたか思い出せない、単語を口にする。
気を抜けば瞬殺で落ちてしまいそうな瞼を必死で開きつつ、著しく緩慢な
動きで寝間着代わりのTシャツを脱ぐ。しかし、たったそれだけの作業さえも
億劫で、腕の肘から先当たりにTシャツを引っ掛けたまま、志波の動きは完全
に止まった。
「ねみぃ……。」
志波がその単語を再度口にした瞬間、部屋の引き戸が静かに開かれた。
志波は引き戸の方へ、やはり緩慢な動きで視線を送る。するとそこには、
小波が立っていたのだった。
「あ……。」
小波は、引き戸を開いた瞬間、息を飲んだ。そこには丁度着替えの最中の
志波が立っていたのだ。相当眠いのか、少し焦点定まらない視線で、
こちらを見ている。腕には脱ぎかけのTシャツが引っ掛かったまま、
呆然と立ちつくしている。小波の方も、志波は寝ているものだと
ばっかり思っていたものだから、着替え中だなんて予想外で思わずその場に
立ち尽くす。やがて、志波の方は意識がハッキリしてきたのか、少し目を
細め…口の端を緩ませて呟いた。
「……だな。」
「え?なに?」
志波の呟きが聞き取れなかった小波は、思わず志波に聞き返した。
志波は相変わらず目を細めながら、今度は少し大きな声でその言葉を
繰り返す。
「お前、大胆だな。」
「………?」
「寝起き、襲いに来たんだろ?」
「え……。」
小波が言葉を失った瞬間、志波の腕に引っ掛かっていたTシャツがするりと
床に落ちる。小波を真正面に見据える形になった志波は、半裸で、黒い
ハーフパンツを腰穿きにしていた。日に焼けた肌と、練習で鍛えられた
シャープな肉体と…乱雑に布団などが敷かれたままの男子部屋の様子が、
小波の視界に一気に映りこむ。そして、小波を真っ直ぐに見つめていた
志波と…小波の目が合った。志波の強い眼差しは、ただ真っ直ぐに…
小波を見つめていた。先ほどまでの緩慢な雰囲気は何処にも無い。
不意に、志波が一歩小波の方へ近づいた。
「ごはん!!」
「は?」
小波の突拍子も無い発言に、志波の足が止まる。しかし、小波は再度
「ごはん!」と繰り返し、脱兎の勢いで二年部屋を後にした。
開け放たれたままの戸を暫く見つめていた志波だったが、落ちた
Tシャツを緩慢な動きで拾うと、自分の布団の方へ投げつけ、着替えの
練習用アンダーシャツを手に取った。
「…………。………逃げられた。
それにしても、ごはんって……会話になってねぇし。……ククク……。」
志波はゆっくりとシャツに腕を通しながら、立ち竦んでいた小波の
表情や…短パンからすっと伸びていた白く魅惑的な足を思い出し、
まるで肉食獣が咽喉を鳴らすかのような声で、小さく笑った。
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