Come on a my house
「えーーと、家汚いから無理です。」
「気にしません。」
「実は女の人が隠れてて…」
「そんなのたたき出してやります。」
「たたき出すなんて穏やかじゃないなぁ〜って。あのね、兎に角今日は…」
「先生、諦めて一回ぐらい上げてくれたっていいじゃないですか。
だって小野田さんは、先生のおうち、入ったことあるっていってましたよ?」
「えーーーと、それは、生徒会のお仕事で、です。それに、
独身の男性教師が女子生徒を自宅に上げるところをみられたら、
やっぱり問題でしょう?」
「デートのお誘いはいいんですか?」
「………うーーーん、先生の負け、ですか?」
「負けです!!!!」
「はぁ…。」
満面の笑みを浮かべるミナコにやり込められた若王子は、小さく溜息を付き
ながら、小さなネコの付いたキーホルダーを手渡した。先ほどから若王子の
ボロアパートの前でかれこれ10分ほど説得工作をしていたのだが、全くの
無駄に終わってしまったようだ。
ミナコはキーホルダーの中から、少し傷が付いて古ぼけた鍵を取り出すと、
ゆっくりと鍵穴に差込み、ノブを回した。そして、若王子の部屋を見て…
息を、のんだ。
「………。」
「はぁ…だから、上げたくなかったのに。でも、まぁしょうがないですね、
見てしまったのであれば。さぁ、中に入って。お茶の一杯ぐらいは
だせますから。」
若王子に背中を押されるようにエスコートされたミナコは、無言のまま
クツを脱ぎ、部屋に上がった。若王子の部屋は汚くも、女が隠れている
訳でもなかった。何もなかった。そう、何も、なかったのだ。
窓際に置かれた座卓の上に、ノートPC。そしてその横に、携帯ラジオ。
吊るされた白衣と、古ぼけたレースのカーテン。それがミナコの視界に
映る、若王子の私物の全てだった。押入れがあるのでその奥に衣装などを
仕舞っているのだろうが、その数が少ないであろうことは、想像に難くない。
まるで引っ越してきたばかりか、これから引っ越すか…とても三年も
住んでいるような家には見えなかった。
「さあ、小波さん。その辺に座って。座布団なくて、申し訳ないけど。」
「……はい。」
そういってミナコを座らせると、若王子は冷蔵庫の中からペットボトルの
お茶と…面倒くさいから一緒に仕舞っておいた硝子コップを取り出す。
しかし、コップは一つしかないのでミナコの分だけ用意すると、自分は
何も用意せず、ミナコの横に座った。そして、自分の部屋をミナコと同じ
視線で眺める。何もない、自分の部屋を。
「…先生……先生は…。」
「僕は、どこにもいかないよ。」
「!!」
「…不安にさせちゃったね。そんな君の顔、見たくなかったから…
今まで家に呼びたくても、呼べなかった。」
「…ごめんなさい…。」
「やや、君の謝るところではありませんよ。そこは。謝るのは、先生です。
いつか君を呼べるようにと…何か家具を買おうと思ったりもしたのですが、
今までずっと旅を続けてきたから…なんだか、上手く買い物できません
でした。旅をしていると、自分の両手で持てるものしか持っていくことが
できませんから。でも…」
「…でも?」
「うん、今日のイヤリング、かわいいです。さくら色だ。君の頬と同じ、色。」
「せ、先生!話をはぐらかさないでください!!」
「はぐらかしてないですよ。」
若王子は小さく笑うと、ミナコの左耳のイヤリングを外した。そして、
窓際の座卓の上にそっと置く。
「家具の代わりに、君のイヤリングをここに置こう。君が来るたびに、
君の荷物を、君の存在を、ここに増やそう。それにイヤリングの片方が
なければ、君も困るでしょう?イヤリングを取りに…またこの部屋へ…
僕の部屋へ、おいで。」
「…先生!先生!!」
「うん、うん。大丈夫。僕は、ここにいる。ずっと、君の傍に。」
今にも泣き出しそうなミナコの背中を優しく撫でると、若王子はそっと
ミナコを抱きしめた。そして、もう片方の耳に残されていたイヤリングを
外す。
「あれ…先生、そっちも…外しちゃうの?」
「はい。外しちゃいます。…何故か分かりますか、小波さん?」
「え?ええ……?」
「ブーーー、時間切れ、です。正解は…こういうことをする時、
途中でイヤリングが外れてなくなると困るから、です。」
そう言うや否や、若王子はミナコの首筋を舐め上げ、耳朶を甘噛みする。
「あ、先生…ん…もぉ……。」
「ああ、そうだ。次に増やすのは、赤い歯ブラシとかがいいと思います。」
そんな若王子の提案に、ミナコは小さく安堵の息と、喜びの笑みを零す
のだった。
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