姫さんの約束に二言はねぇよな。
…まぁ、だけど、なんだ。
そんな表情されると…俺も、困る。



交換条件



控えめに体に触れる、大きな手の感覚がこそばゆい。こそばゆさのあまり、
一瞬閉じてしまった目を開けると…そこには、鬱蒼と茂った森から僅かに
入り込む、眩い木漏れ日と、紅い髪とがあった。紅い髪の持ち主は、真剣な
面持ちで組み敷いた自分の…千尋の服を脱がしている。

既に一枚、千尋の外殻は脱がされた。もう一枚、青い衣を脱がされるのも
時間の問題だろう。あと二枚、サザキとの約束で、千尋は衣服を脱がなくては
ならない。しかし、青い衣を脱げば、下衣、そしてそれを脱げば最早
下着しか身に付けていない。自業自得とはいえ、それをも脱がされれば
全裸に近い。一度泉で忍人に見られたことがあるとはいえ、こんな状況で
サザキに脱がされて裸を見られるなんて…


「すごく…恥しいなぁ……。」


千尋は心の中で呟いた。もしかしたら、サザキに止めてくれといえば、
サザキはあっさりとその手を止めてくれるのかもしれない。しかし、
自分の考えが甘かったとはいえ、一度交わした約束を違えるのは、
なんだか気が引ける。千尋がそんなことを考えているうちに、青い衣も
脱がされてしまった。あとは二枚…千尋は覚悟を決めて、ぎゅっと目を瞑る。


「やっべえなぁ…」


サザキはゆっくりとながら、千尋の服を脱がす手を止めず、心の中で
ぽつりと呟いた。元々勝機があるから、千尋にふっかけた勝負なのだが、
まさかこんなにも容易く服を脱がせてもらえるとは思っていなかったのだ。
せいぜい一枚脱がしたところで、千尋が根を上げる…そう踏んでたのだが、
アテが外れた。既に二枚目の青い衣も脱がしてしまった。多分、このあと
二枚脱がせば千尋は全裸に近い格好になってしまう。

組み敷いた千尋は、覚悟を決めたのか、ぎゅっと目を瞑っている。
心なしか、少し震えているようにも見えた。これじゃぁ、まるで山賊が
捕えた娘を手篭めにしているみたいだ…そんな気まずさに支配された
サザキは、千尋の服を脱がす手を止め、千尋に青い衣と、上着をぽい
と投げた。


「…サザキ?」
「姫さんの度量に免じて、服脱がすのはここまでにする。」
「え、でも…約束は、約束だし。」
「まぁ、そうだけどよ…そんなに震えられちゃ、俺も寝覚めが悪く
 なるからさ。ほら、服、着た着た。」
「あ、うん…」


サザキに急かされて、千尋は脱がされた服を身に付けた。その間、
サザキは気まずそうにそっぽを向いている。服を身に付けた千尋も、
約束をきちんと守らなかった所為でなんだか、とても気まずい。
折角気晴らしに二人で出かけてきたのに…こんな気まずい気分で
天鳥船に帰るのは嫌だな…と思った千尋に、ふと一つの考えが浮かんだ。


「あのね、サザキ。サザキがもしよければなんだけど。」
「ん…なんだ、姫さん?」
「服二枚脱がなかった代わりにね、私がサザキにキスするのどうかな?」
「キス?」
「うん…サザキに、口付けするの。」
「く、口付け!?」
「…あ、ごめん…嫌ならいいんだけど……。」
「ぜ、全然嫌じゃねえよ!!…だけど、本当、いいのか?」
「サザキが嫌じゃなければ……」
「は!嫌な訳ねーよ。……やべぇな…かなり嬉しいかも。」
「何か言ったサザキ?」
「ん、何でもない。」
「じゃぁ、目瞑って。そうじゃないと…流石に恥しい。」
「おう。じゃあ、目を瞑る。」


そういうと、胡坐を組んだサザキは、満面の笑みを浮かべながら目を
瞑った。しっかりと目を瞑ったことを確認すると、千尋はサザキの
正面に座る。静かな泉の辺で、聞えてくるのは遠くで鳴く小鳥のさえずり
のみ。僅かに差し込む木漏れ日が、目を瞑ったサザキの顔に陰影をつける。


「サザキって…」


大人の男の人なんだな、と千尋は改めて思う。いつも子供みたいに楽しい
ことを探してばかりいるので、うっかりとその事実を失念してしまいがち
なのだが。こうやって黙って目を瞑っていると…否が応でも、彼がそんな
子供ではないことを実感させられる。整った顔立ち、逞しい腕、そして
大きな翼。すべてを優しく包みこむ大らかさに満ちたサザキの様子に、
千尋は心を決めて、サザキの両肩に手を添えた。そして、そっとサザキの
唇に自分の唇を重ね合わせる。次の瞬間…


「なっ!!!!!!」
「うわぁっ!!!!」


サザキが、口元を押さえて後ろに倒れこんだ。その物凄い勢いに驚いた
千尋も、後ろに倒れこむ。


「ひ、姫さん、そりゃーーーなしだろっ!!!」
「……?あ……ごめん、い…や…だった?」
「んな訳ねーよ!つーかさ、こういう状況だったら普通、ほっぺとか
 でことかにチュ!って思うだろ!かーーーーっなんでいきなり
 唇にするかな。俺にだって心の準備っつうものがさぁ〜〜!!」
「…ごめん。」
「……要求する。」
「え?何?」
「やり直しを、要求する。」
「えええ?」


驚きのあまり仰け反りそうになる千尋の手を、サザキはぐいと掴み、
自身の方へ引き寄せた。自然とサザキに抱き込まれる形になった
千尋は、慌ててサザキに「やり直しはなし」と伝えようとしたが
時既に遅く。大人のサザキの熱い眼差しに、千尋は何も言えなくなる。


「俺から、やり直してもいいだろ?なぁ…姫さん……。」


甘く囁くサザキの声に、千尋はやはり何も言えず…ただ、ゆっくりと
目を瞑る以外術はなかったのだった。




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