猥談(下)



翌日。


朝餉に向かうべく、九郎は自室からでて、広間へ向かう。丁度反対側の
廊下から、望美と朔が広間へ向かって歩いてきたところだった。九郎に
気が付いた朔がにこやかに挨拶をする。


「おはようございます、九郎殿。」
「ああ、おはよう。」


しかし、続いて望美の挨拶はない。まるで九郎に気づかなかったように、
平然と広間に入っていった。九郎は驚いて、声もでない。お互い同じ
広間に向かって歩いていて、朔が九郎に気が付いて、望美が気づかない道理
はない。何か望美は考え事でもしていたのかもしれない…九郎は無理矢理
そう思い込むことによってなんとかその場をやり過ごした。

朝餉を終えたあと、九郎は自室に一旦戻り木刀を取り出す。今日は吹雪も
止んで、絶好の剣の稽古日和だった。ご機嫌取りのようで癪に障るが、
九郎は望美を剣の稽古に誘おうと思ったのだ。望美は女性であるにも
関わらず、とても剣の稽古に熱心だから、誘ってやったら喜ぶだろうと
九郎は踏んだのだった。

木刀を片手に、九郎は望美の部屋へ向かう。すると、丁度望美が手に木刀を
もって部屋から出てきたところだった。やはり九郎の読みどおり、望美は
剣の稽古するつもりらしい。九郎はその場に立ち止まって、望美が来るのを
待った。そして、適当に近づいたところで、望美に声をかけた。


「望美、剣の稽古なら、俺が…」


しかし、望美は『視界に九郎なんて映ってません』という勢いでその場を
通り過ぎると、庭先の虚空に向かって声をかけた。


「せんせー!!剣の稽古をつけて頂きたいのですがあ〜!!」


すると、望美の呼びかけに応じて庭先にリズヴァーンが現れた。リズヴァーン
は九郎と望美を交互に見やる。


「神子、今九郎がお前に剣の稽古の誘いを…」
「先生、剣の稽古をつけて頂きたいのですが。」


改めて、望美はそう言い直す。にっこりと口元に笑みを浮かべて。


「だから、その…神子…九郎が。」
「先生、剣の稽古をつけて頂きたいのですが。」


さらに改めて、望美はそう言い直す。にっこりと口元に笑みを浮かべて。
でも良く見ると、目は全然笑ってない。リズヴァーンは再度、呆然と
している九郎を見やり、あまりツッコまないほうが良さそうなネタである
ことを悟った。


「…そ、それではここでは手狭だ。少し山の方へ行こう。」
「はい、先生!!」


剣の稽古へ出て行く二人を呆然と見送りながら、九郎はその場に立ち尽くして
いた。そして、完全に視界から二人が消えてから、九郎の中にふつふつと怒り
が湧き上がってきたのだった。


「何故俺がこんなあしらいを受けねばならん!!!」


確かにその通りだった。九郎は間違っていない。だが、得てして世の中は
理不尽なのだ。


その日は九郎も怒りに任せて、望美を無視していた。しかし、次の日には
望美と自分の無視とではレベルが大幅に違うことを思い知らされた。
自分は望美の顔を見ると、今度はちゃんと話ができるのではないかという
淡い期待を持ってその表情を見つめてしまうのだが、望美ときたらまるで
九郎なんぞ視界に映ってませんという様子なのだ。だからその視線が九郎
に向けられることなど皆無だった。あのこぼれるような笑顔も、優しい
眼差しも一切九郎には向けられることはない。

これは堪えた。ただ怒っているのならばまだいい。もう九郎という存在
自体が、望美の中で全く無くなってしまっているのだ。どんなに愛しくても、
どんなに思っていても。望美には全く届かないのだ。だってもう望美の
中では九郎なんて存在しないのだから。


「我ながら、女ごときのことでこんなに思い悩むとは情けない。」


ははは、と九郎は自分自身のことを笑おうとしたが、上手く笑えなかった。
その代わりに、右の瞳から、ぽろりと一粒だけ涙が流れた。


一週間後。


「…アイツ、大丈夫なのかなぁ…」
「なんか部屋に引きこもって出てこないらしいじゃん。」


天の青龍と朱雀が、濡れ縁で日向ぼっこをしていた。夏ならガンガン
焼くんだけど、流石に冬は服脱ぐのさみーからなーと青龍の方が一人ごちて
いる。


「理由はよくわかんねーけど、完全に望美キレてるからなぁ。」
「神子姫の怒りを解くのは難しいのかい?」
「すげー無理。土下寝でも無理。」
「なんだよ、その土下寝って。」
「あーフル土下座の上。ほんと、地に這い蹲るんだ。それでもアイツ完ムシ
 だったからな〜。」
「ふぅん…で、将臣は結局どうやって望美に許してもらったわけ?」
「土下寝で無視されたらか、そのまま足に纏わり付いてさ…3メートル
 ぐらい引き摺られたところで初めて声かけてもらえた。
 『歩き難いんだけど、将臣君。』って。まぁ、一度認識してもらえれば
 あとは只管謝り倒しだよな。」
「ところで将臣はなんでそんな望美の怒りを買ったんだい?」
「…アイツが最後まで残しておいたショートケーキのイチゴを食っちまった
 こと…だったかな。確か。」
「………食い物の恨みは恐ろしいとはいうけれど…」
「ま、理不尽だよな。あんなに怒るなんて。だけど、仕方がねぇ。」
「その理不尽さがあってこそ、女ってのは魅力的だとも言えるからね。
 でもさ、九郎は…」
「きっとそーゆーの分からねえだろうな、アイツ。」


「九郎、入りますよ。」


昼だというのに、きっちり締め切られ人気のない九郎の部屋に、弁慶はすいと
進入した。一応入る際に部屋の主に声を掛けてみたのだが、返事はない。
まさか御曹司と言われる男が恋患いで死んでたりしてないでしょうね…と
最悪の事態も頭に入れて弁慶は部屋の奥の間に進んだ。そして最奥で、
小さくうずくまっている九郎を発見した。


「…。」


一瞬かけてやる言葉が見つからないほど、九郎は憔悴していた。少し前
から部屋から一切出てこなくなったので、下女に食事を運ばせていたの
だが余り手をつけていないらしい。頬はやつれてこけてしまい、
美しく束ねられていた髪は解れてぼさぼさになり、見る影もない。
弁慶は深く大きな溜息を付いた。いくらなんでもここまで九郎が追い詰め
られるとは思ってもみなかったのだ。そして、自分があの時から全然進歩
していていないことを思い知らされた。あの時も浅慮で事を起こし、のちに
重大な災いを起こしてしまった。今の九郎も、相当に規模の大小はあれ、
結果が最悪になってしまったことは紛れもない事実だった。


「九郎、せめて貴方のことだけでも…僕が責任を取ってあげなくては
 ならないのです。」
「……。」
「九郎、望美さんと仲直りしたいですか?」
「……もはや、そんな願い……叶わん。」
「そ、そんなことないですよ、九郎。」


膝を抱え、小さくうずくまる九郎は、どこか遠い目をしていた。
弁慶は九郎の瞳の中に虚空を見つけ、愕然とする。たしか鎌倉殿に裏切られた
時でさえこんな目をしてはいなかった。そう、九郎にとっては望美に捨て
られた(本当は無視されているだけなのだが、本人の中では完全に捨てられた
と思い込んでいる)という事態は、そこまで重いものだったのだ。

よくよく考えてみれば、それもそのはず。鎌倉殿に裏切られ、源氏という
血族から追われ、平泉に落ちた九郎には望美以外なにも残されていないのだ。
そして、その望美は九郎が初めて…自分の意志で、自分の欲望で、自分の
想いで抱きしめた女性だった。確かにその尊い血筋が好まれて、平泉にいた
ころには多くの女性が九郎のもとに送られてきた。そして、藤原氏に匿って
もらっている九郎には、それを拒めるような立場はない。それに義理堅い
性質の九郎は、御館の面子を潰すような行いはできなかったのだ。だから、
どの女性とも拒まず肌を合わせた。無論、九郎も男だ。その行いに快感が
伴わなかった訳ではないだろう。でも、根本的に違うのだ。その行いと、
彼が初めて手に入れた、愛しい人…望美との行いとでは。

でもま、いくらなんでもここまで腑抜けることもないと思うんですけどね…
という言葉は、心の中に押し込んで弁慶は小さく笑った。そして、九郎に
近づいて耳元で囁いた。


「僕がとっておきの作戦を授けてあげましょう。」
「…本当、か?」


九郎の瞳に一筋の光が走ったのを確認して、弁慶はにっこりと笑う。
そして、ごにょごにょと九郎の耳にその作戦を伝えた。一つ作戦を授ける
ごとに、九郎の顔が赤くなり、そんなこと言えるか!うわ!!などと呟いて
いたのだった。


更に三日後。


夕餉を終えた望美は、早めに自室に戻り、褥の準備をしていた。普段は
小さくなった白龍と寝たりしているのだが、この二週間ほど望美のご機嫌が
サイコーに悪いので、怖がった白龍は朔の部屋で寝ていた。だから広めの
部屋のど真ん中に布団を乱暴に引きながら、望美は一人ごちた。


「大体、なんで九郎さんは謝りにこないのかなぁ…」


枕を布団に投げつけると、望美はぷくりと頬を膨らませた。最初は捨てられた
犬の様に悲しげな顔をして望美の周りをうろうろしていた九郎であったのだが、
最近は全く姿を見ない。キチンと謝ってくれれば許してあげるのに…と、
大体九郎は悪いことを何もしてないし、謝る機会を全く与えて無いじゃんという
ことを棚に上げて、望美はそんなことを考えていた。兎に角気分が悪いから、
さっさと褥を整えて早く寝ようかな、なんて望美が思った瞬間、望美の部屋
の戸が小さく開いた。


「…九郎さんだ。」


声を掛けられなくても、望美はそう確信する。部屋までの足音、戸の開け方。
たったそれだけの小さな音でも、望美にはその音の主が九郎だと分かるのだ。
愛しい男の音だから、分かるのだ。

でも全然望美に謝ってくれない…悪い男だから、望美は九郎が部屋に入って
きても無視をする。振り返ることすらしない。九郎の気配が極近くで感じる
ようになっても振り返らず、褥を整えた。そして、その準備を終えた瞬間。
後ろからきつく九郎に抱きしめられた。一瞬抗おうかとも思ったのだが、
今回は完全無視すると決めたので、望美は声を上げず、身動きの一つすら
しなかった。


「…。」
「すまん…望美。その、返事はいいから兎に角話を聞いてくれ。昔、俺が
 平泉にいたころの…その、あの…女性との行いが気に障ったのならば、
 申し訳ない。」
「…。」
「しかしだな、平泉を出てからは…お前に会うまで…その、あの……。」


九郎が一生懸命に何か言い訳をしているのだが、何度も言いよどむので
話が中々進まない。しかも、一区切りする度に、九郎が大きく溜息を付い
たりするので、その熱い吐息が望美の耳元に何度も吹き込まれる。そして、
その度に望美の体の奥がぞくぞくと震え、熱くなってくる。そういえば、
九郎と喧嘩をして依頼、こんな風に体を密着する機会が無かったのだ。
だから望美の意志とは裏腹に、体の方は九郎の熱を欲してしまう。しかし、
それは九郎も同じことで、頭の中では兎に角望美に謝って怒りを解いて
もらわなくてはと思っているのに、後ろから抱きしめた望美の体が余りにも
柔らかくて、暖かくて…耳元で囁く為に望美の髪に顔を埋めてみれば、
彼女の香りに欲情してしまう。体中が熱くなる。しかも、特に下半身の方が。


「……あたってる。」
「の、望美…ど、どうした?」
「九郎さんのが、当たってるんです。」
「……あ、す、すまない。」


後ろからきつく望美を抱きしめているので、九郎の体は完全に望美に密着
していた。しかも、久しぶりに触れた望美の体に、九郎の意志とは関係なく
体の方は素直に反応してしまっていた。


「ま、またイヤらしいことで誤魔化そうとしてるんでしょう…」


望美の声に前回同様の怒りの色が増す。怒りでぷるぷる震えだしそうな気配だ。
九郎も反論したいのは山々なのだが、一度スイッチの入ってしまった下半身は、
九郎の言うことなど全く聞いてくれない。少しでも望美が身動きしようものなら、
擦れた刺激で硬度が上がってしまう。だから、九郎はこの間弁慶に教えられた
作戦を何とか実行に移すことに決めた。


「その、仕方がないんだ。」
「…何がですか。」
「お前が怒っているのは…俺が平泉にいた頃の女性関係がふしだらだ、という
 ことなんだろう?だから、過去を清算することは出来ないから…そして、
 今の俺は、お前一筋なんだ。だから、この二週間お前に操を立てていた。」
「操を立てるって…他の女性に浮気しないなんて、当たり前のことじゃない
 ですか!!」
「そ、そうじゃないんだ。」


九郎がまた言いよどむ。しかも、先程までと比べて間が随分と長い。
その間に耐えられなくなった望美が、九郎の方へ振り返ろうとした瞬間、
九郎は望美の耳元で小さな…消え入るような声で囁いた。


「自分で慰めるのも、断っていた。」
「は…?」


思わず望美は九郎の方へ振り返る。そして、九郎と視線が合った。
九郎は顔を真っ赤に染め、恥しそうに潤んだ瞳で望美の顔を覗き込んでいた。
それはそうだろう。何も好き好んで、二週間そういうことを我慢してました
なんて発表する人間はいない。特に九郎は、普段は直情的で口が悪いくせに、
そういうことに関しては非常に恥しがり屋で、あんまり口にすることがなかった
のだ。そんな九郎があえて、望美にその身の清廉を表す為に、そんなことを
口にしている。

恥しさに耐え切れなくなったのか、九郎は不意に顔を背けた。しかし、背けた
からみえた耳の先までも、真っ赤に染まっていた。真っ赤に染まっている癖に、
下半身の誇張は、先程よりも硬度を増している。


「もう……。」
「ゆ…許してもらえるのか?」
「………はい。」


望美は溜息交じりに許しの言葉を呟いた。その途端、九郎の唇から安堵の
息が漏れ、望美の耳元をくすぐった。こそばゆい感覚に震えそうになりながら、
望美は九郎の暖かい体温を感じ取っていた。怒りに任せて九郎をシカトして
やったものの、やはり九郎と触れ合えず一人褥を整え眠る夜が、寂しく
なかったといえば嘘になる。久々に感じた九郎の腕に強く抱きしめられる感覚、
体温…九郎の体の感触全てが望美の気持ちを落ち着かせていく。


「ん…でも、そろそろ腕を解いてくれませんか、九郎さん。」
「……ああ…すまん、望美。……でも…。」
「…でも?ひゃぁっ!!!」


九郎の腕の拘束が一瞬解かれたかと思ったのだが、それも束の間。九郎は
解いた腕を足元に下げると、一気に望美を抱え上げた。不安定な格好のまま
丁度お姫様抱っこをされた望美は、思わす九郎の首筋に腕を回してしっかり
抱きついた。


「な、なにするんですか!九郎さん。危ないじゃないですか。」
「………だから、その…すまん。もう、耐えられそうにない。」
「へ?」
「……。」


無言の九郎の視線の先には、先程望美が自分で整えた褥があった。
九郎は望美を抱きかかえたまま、ぐんぐんと褥に近づき、望美をゆっくりと
横たえさせる。


「あの、あの。なんか、心の準備が…そんな、女の子は急にはちょっと…」
「だから、すまん。」
「え、あ、そんなぁ!!やぁ…あん……もう、九郎さんのばかぁ…あ……ん…」


その夜、結局九郎は自室に戻ることが無かった。



翌朝。


天の青龍と朱雀が、濡れ縁で日向ぼっこをしていた。隣にいるのが
女だったら本当、サイコーなのになんでこんなごついのがいるわけぇ?
と朱雀が一人ごちている。


「お、九郎と望美だ。」
「…チ。やけに楽しそうに手なんて繋いでるじゃん。さては九郎、
 どうやら上手くやりおおせたようだね。」


丁度二人のいる濡れ縁の反対側で、九郎と望美が仲良く二人で金に
エサをやっているところだった。何気にこっそりと手なんか握って
いたりする。


「舌打ちなんて感心しませんよ、ヒノエ。」
「おー軍師様の登場かぁ?」


将臣が小さく口笛を吹いて、やってきた弁慶に歓声を上げる。そんな将臣
に向かって弁慶は、綺麗な笑みを返して応えると、不貞腐れ顔のヒノエの隣
に腰を下ろした。


「本当にアンタ、余計なことをしてくれたもんだね。」
「ふふふ…そうですか?元の鞘に上手く収めただけですけどね。」
「なかなか大した手腕だぜ。ペアの俺が言うのもなんだけど、アイツに
 ヒス起こした望美を上手く鎮めることができるなんて思いもしなかった
 からなぁ。弁慶の差し金、よっぽど有効だったみたいだな。」
「差し金、というほどの進言はしていませんよ。ちょっとした切欠さえ
 あれば、九郎はちゃんと出来る子ですから。」
「ふーーん。何、その切欠って。」


少し興味が湧いてきたのか、ヒノエが目を細めて弁慶に問いかける。
そんなヒノエにも弁慶は綺麗な笑みを返すと、話を続けた。


「押し倒す切欠です。」
「ぶほ!なんだそりゃ。」
「つーか、男が女を押し倒すのに、切欠なんているのかい?その場の
 ノリって感じだろ?」
「ふふふ…九郎はキミ達のような万年発情期なエテ公と違って割と
 晩熟なんですよ。ぶっきらぼうな口ぶりですが、褥の中では本当に
 そりゃーもー紳士ですし。でもいざ行いが始ると、それまでの優しさが
 嘘の様に鬼神のような力強さで、あらゆる女性方に大人気だった
 んですから。まぁ、望美さんも女性ですから、いくら気が立っていたとしても
 体のふれあいを持てば少しは気が治まるだろうと。…実際、想像以上に
 上手くいったみたいですしね。」
「…ふーん…まぁ、それはいいけどさぁ…なんでアンタ、そんなに
 九郎の床の中での戦上手っぷりに詳しいの…?」
「俺、一応ペアだけど、そんな話したことないぜ。あいつと…。」


天の青龍と朱雀は、語尾を濁しながら…若干自分の尻をガードしながら、
じりじりと弁慶との間合いを取り始めた。弁慶は相変わらず…いや、
先程よりも更に美しい笑顔でにこりと笑った。


「嫌だなぁ、二人とも。僕は生憎そういう趣味は持ち合わせていませんよ。
 蹴ったり殴ったりするなら、手ごたえの良い男のほうがいいですけど、
 やはり肌を合わせるなら女性に限ります。」
「なんだ…って!何気に凄い事いってんなぁ…」
「やっぱ流石は荒法師ってトコだな。…でもそれなら、尚更、何故アンタは
 そんなことに詳しいんだい?ってまさか…。」
「…考えられることは一つか。」


天の青龍と朱雀の声が途絶える。眉根を顰める二人に向かって、弁慶は
これ以上ない笑顔でその問いに答えた。


「九郎の為思って、平泉にいた頃は、僕がしっかり毒見、味見、後片付け
 してましたから。」


一瞬の間をおいて、天の青龍と朱雀の「結局全員食ったのかよ!」という
声が濡れ縁にこだまする。しかし、当の地の朱雀はやはり綺麗な笑みを
漏らしながら、「一番美味しいのは食べれませんでしたけどね」と笑って
答えるのだった。




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