11.一線、一戦、一閃。
敵将に切先が触れた瞬間、少女はそれまで軽く柄を握っていた
両手に力を込めた。刹那、両手に伝わるのは殺生の手ごたえ、
骨の軋み。掻き切られた咽喉元から噴き出す血潮を気にすることもなく。
振るった剣の勢いをそのまま、少女は返す刀で新たなる敵を屠る。
場に響くのは、慄きの悲鳴、末期の叫び。阿鼻叫喚の地獄の中で、
件の少女は…笑っていた。そう、にこやかに…
笑っていた。
とうに、人としての一線を越えてしまったのだと少女は思う。
しかし、それは少女にとって悲しむことでも憂うことでもなかった。
必要に応じて少女は変容し、そしてその事実を素直に受け止めた。
ただ、それだけだった。
「新中納言殿とお見受けいたす!いざ尋常に勝負!!」
名乗りを上げるのと、血飛沫が舞うのとどちらが先か。男が繰り出す
二振りの太刀は、いとも容易く敵将の首を撥ねた。男の眼差しは既に
新たなる獲物を求める野獣がごとき光を点していた。
もっと、もっと。
男は願う。更なる血を。更なる高揚を。しかし、恐れをなした敵将は
引き上げる機を窺うばかりで、男の願いをかなえてくれそうには無い。
攻めてこないというならば、こちらから出向くまでだと思った男が
敵陣に攻め込もうとした瞬間、その一線は交わった。
男の視界に、一人の少女が映る。
阿鼻叫喚の地獄の中、少女は…笑っていた。
「…ほう、女だてらに戦に出るか……面白い。」
少女は男の言葉を受けてもなお、笑っている。
「何故に、笑う?」
「さぁ。私、笑ってた?もしかしたら…ここで貴方とやりあうのも、
悪くないと思ったから……かな?」
「…ククク……。」
「そういう貴方だって、笑ってるじゃない。知盛。」
「俺を、知る…か。……益々もって面白い。」
少女は笑う。切先を男の咽喉元に向け、真っ直ぐ男を見つめながら。
「やるんなら、本気できてね。さもないと…直ぐに殺しちゃうよ。」
男も笑う。そして、返事として二振りの太刀を少女に浴びせ掛けるのだった。
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