12.安らぎ



「開けてっ!!九郎さんっ〜開けてっ!!!!」
「なんだ、騒々しいぞ…な、なんなんだ、その荷物は!?」
「えへへへ〜〜。さて、なんでしょう?」

とある冬の日の午後。有川家の一室にある九郎の部屋にやってきた望美は、
大層な大荷物を抱えていた。重量感のあるダンボール箱に、九郎は慌てて
手を差し伸べ、箱を抱えてやる。すると望美は運んできた箱を部屋の中央に
置くと、そそくさと箱をあけ、部品を組み立てる。

「じゃじゃーーーん!これが足で〜〜!これが天板!!」
「あし?てんばん?組み立てるのか…手伝うぞ。」
「はい、じゃぁこっち持ってください。で、これをはめ込んで…」
「おっ!形になってきたな。…なんだ、机か。」
「ブッブー。違いますよ、九郎さん。コタツです。こ、た、つ!」
「こたつ?」

小首をかしげる九郎の目の前には、正方形の机が一つ。そんな九郎の
ことは放っておいて、望美は、朱と白のしましま模様のコードを引っ張り
コンセントへプラグを差し込んだ。すると、天板に設置された赤いランプに
ぼんやりと明かりが点る。

「ちゃんと動いた!よかった〜〜。これ昔おばあちゃんがつかってた
 コタツだったから。ちゃんと動くかどうか心配だったんですよ。
 これで九郎さんもぽかぽかに冬を過ごせますね。あ、でもコタツ布団
 用意しないと駄目だ…でも、おコタがあると、部屋に安らげるポイント
 が増えた感じでいいですよね。まぁ、それ以外にも楽しめるポイントって
 いうか…えへへ。」

望美はなにやらいろいろとつぶやいていたのだが、九郎は全くそのことに
気付かず、電源が入ったコタツの赤ランプを興味深げに見つめている。
そして、そっと手をかざしてみた。

「じわじわ暖かくなってきたな。そうか、火鉢のようなものなのか。
 しかし、望美。この家は十分に暖かいから、そのようなものは不要だ
 と思うのだが。」
「えええええ!うっそ!!すっごい寒いじゃないですか!?」
「……それはお前がそんな格好をしているからだろう。」

そういうと、九郎は望美の足元へ視線を下ろした。季節を先取りした
ふわふわ素材のワンピースの丈は短く、いつも以上に足を露出している。
九郎がそう指摘すると、望美はなぜか、ごもごも言いながら俯いた。


そして、日々は過ぎ、年の暮れも押し迫ったある日。


「おー九郎、いるかぁ?」
「ああ、入れ。将臣。」

九郎の部屋を訪れた将臣が、籠いっぱいに持ったみかんを持ってあわられた。
そして、九郎の部屋の真ん中に鎮座ましますコタツの上に、どんとみかんが
盛られたをしつらえる。

「ほらよ、これでコタツ感アップじゃね?」
「……そうか?なんか、よく分からんが。…はぁ。」

ベッドに腰をかけたまま、虚ろな表情で小さくため息をつく九郎の様子に、
将臣は、九郎の話を聞いてやった場合と聞いてやらない場合の面倒臭さを天秤に
かけてみた。どうせ、九郎がこんな顔つきで悩む事なんて、望美がらみの面倒
ごと以外考えられない。放置した場合、相当面倒くさいことになるなと踏んだ
将臣には、諦め顔で九郎に問うた。

「で、どうした。九郎。」
「いや…別に、そのなんだ。まぁ、な。」
「……話す気がないなら、帰るぞ。」
「あ、いや待て、その!!!!望美をまた怒らせてしまった……ようだ。」
「またかよ!」
「ま、またとは何だ!!今回は何故怒っているのか、皆目検討がつかんのだ!」

逆切れ気味に怒声を発する九郎をなだめつつ、将臣は望美の機嫌が悪くなった
時期と、その内容を聞き出した。どうやら、望美が九郎の部屋にコタツを持って
きた頃から、だんだん機嫌が悪くなってきたのだという。

「そういや、折角コタツ設えてあんのに、使ってないんだな。」
「……まぁ、寒くないからな。将臣の家はあちらの建物とは違って、
 風も入り込まないし、格段に暖かい。褌一丁でも平気なほどだ。」
「えーそりゃねーだろ。」

笑いながら褌一丁で平気だという九郎の格好は、確かにもとよりこちらに住む
人間に比べたらはるかに薄着だ。大きさと古さゆえに、暖房が全体に行き渡らない
有川家は、マンションなどに比べたら割と冷える方だった。それゆえ、将臣も
Tシャツにトレーナーといった具合に重ね着をしているのだが、今の九郎は
将臣のお下がりのペラペラしたラグランTシャツにジーパン、素足と傍から
見れば、随分と寒そうな格好だ。

「そうか?そういえば、望美もこちらに来る度に寒い寒いと言いおってな。
 直にコタツをつけたがる。鍛錬が足りん、そんな薄着してくるなと説教
 したら、握り拳で殴られた。」
「……握り拳……望美、本気だな。……ってか、望美そんなに薄着で来てた
 のか?あれも結構寒がりだから、冬は分厚いタイツとかはいて超色気ねー
 感じだったのに。いつもは。」
「たいつが何かは知らんが、いつもひらひらした服を着て、足は素足
 丸出しだったぞ。」
「それで、コタツに入りたがる、と……望美の性格を考えると……。だろうな、
 うん、まあ、そうだよなぁ。」
「な、なんだ、分かったのか?将臣。」
「ああ、大体な。まぁ、正直これ以上面倒ごとに巻き込まれたくないし。
 いい作戦やるから、耳貸せ九郎。」
「お、おう。」

将臣に耳打ちされた九郎は、まさか!そんな!!と思わず言葉を漏らしながら、
目を白黒させた。しかし、最後は、赤らめた頬を将臣に悟らせないよう、
俯くと、次に望美が来たときに試してみようと堅く心に決めた。


翌日。


少しご機嫌斜めな望美が、有川家を訪れた。手にはスーパーのビニール袋。中には
いっぱいのみかんが入っている。この間九郎を思わず握り拳で殴ってしまい、
少々決まりが悪いので会いたくなかったのだが、家に送られてきた大量のみかん
を、有川家におすそ分けするよう母親に命じられたので、致し方がない。
九郎が出なければいいな、と思いながら望美はチャイムをならす。しかし、
得てしてそういう時に限って会いたくない人が出てくるのだ。

「お、望美か……どうした?」
「はい、みかんのおすそ分けです。」
「ああ、将臣たちにか。すまん、今二人とも留守で。」
「九郎さんから、渡しておいてください。じゃ。」
「あっ!その、待て望美。」
「え、はい?」

まさか九郎に呼び止められると思っていなかった望美は、素っ頓狂な声を上げて
振り返った。すると、なぜか少々頬を赤らめた九郎が、むんずと望美の腕をつかむ
と、家の中に引きずり込んだ。

「な、何事ですか、九郎さん。」
「いや、その、あれだ。コタツをつけたんだ。コタツ。」
「ああ、やっと使う気になったんですね。よかった……」
「だから、その、お前もコタツに入っていけ。」
「……ええ、まぁいいですけど。」

有無を言わさぬ勢いで、九郎の部屋に連れ込まれた望美は、以前自分が持って
来たコタツの中に入った。確かに今日はちゃんと電源が入れられていたようで、
中はほかほかと暖かくなっている。そこに九郎も入り込んだ。しかし、やはり
75センチ四方の正方形のコタツは、ガタイがいい九郎と二人入るのには、
少々小さい。直に九郎の足が、望美の足元にあたった。

「……え。」

また、九郎の足があたったのだが、思わず、望美は小さな声を漏らした。
最初九郎の足があたったのは、故意はなさそうだったのだが、今度のあたりは何か
違う。ここ最近の慣わしでひらひらのワンピースに素足だった望美の足を、
九郎の足先が舐るように撫でるような感覚に襲われる。こっそりと九郎の様子を
望美が伺うと、九郎は、つけっぱなしのテレビを見ている素振りで、わざと
望美の方から視線を外している。ならば、と望美も足先で九郎の足を撫でる。
しかも、足の付け根の辺りを狙って。とたんに、九郎がびくりと動き、
コタツの天板ががたんと揺れた。暫く互いに無言のまま、その応酬を繰り返して
いたのだが、我慢がならなくなった九郎が、望美を抱えてベッドに放り投げる事に
なるのはある意味必然といっても過言ではなく。

結局、それから九郎のコタツの電源が入らない日はなかった。そして、ゴールデン
ウィークも過ぎる辺りに、とうとう将臣に叱られて、九郎は残念そうに
「次の冬が来るまでこたつぷれいはお預けなのか…」とつぶやきながら
残念そうにコタツをしまうことになったのだった。




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