14.プレゼント
「あのー先輩。前々から気になってたんですけど…」
「うん?何かな、譲君?」
寝所へ向かおうとする望美に声をかけた譲の視線は、望美の両の手に
抱きかかえられているぬいぐるみに注がれていた。それは毒々しいグリーン
色をした凶悪な顔つきの熊のぬいぐるみだった。
「それ、なんですか?」
「あ、去年の誕生日に将臣君からもらったプレゼントのKPベアだよ。」
「KPって…ああ、KillerPuppetとかいう…俺たちの世界で結構流行ってた
小さいぬいぐるみですよね?」
「うん!!そうだよ!!特にこの子は限定カラーなの!超かわいいの!!!」
そういうと、望美はよっぽどお気に入りなのか、満面の笑みでテディベアに
頬擦りをする。そんなテディベアに取って代わりたいなんて邪念を抱きながら
譲は疑問を口にした。
「なんか…デカくないですか?」
「うん。将臣君からもらった時には携帯につけられるぐらいのサイズだった
んだけどね…なんかこっちにきたら随分と大きくなってたの。」
「あ、そうだったんですか…まあ俺たちの衣服も随分変ってましたしね。
人形が大きくなるぐらいのことはあるかもしれないな…」
「大きくなっても、超かわいいよ。いつも白龍とベアと私とで川の字に
なって寝てるんだ〜!!」
「え、あ、川の字ですか…。」
望美の告白によって、譲の思考はまたもスリップする。いつもの衣装とは
違って白く薄い布の寝巻きに着替えた先輩が…夜、テディベアと川の字に
なって眠っているだなんて…テディベアのポジショニングはさぞかしサイコー
ってなもんだろう…
「あ、じゃぁそろそろ。お休みね!」
「ああ…はい、先輩…お休みなさい。」
テディベアの手を振って譲にお休みなさいをした望美は、最奥の部屋へ
消えていった。譲はしばしその場に立ち止まったまま、邪念にまみれま
くっていたのだった。
ま よ な か 。
「…別に、ちょっと傍耳をたてて物音を聞くぐらいなら。そうだ、
これは警護の意味もかねているんだ。うん、そうだ。そうだ。先輩が深夜に
何もかに襲われたら…」
激しい詭弁と自己弁護の独り言を垂れながら、抜き足差し足忍び足で
望美の寝所へ近づく緑色の髪をした男が一人。…譲だ。
望美と別れて後、暫く「寝巻き・せんぱい・くんずほずれず・とこじょうず…」
と、妄想に耽っていたのだが、とうとう辛抱堪らず行動に移してきたのだ。
しかも、ダイレクトに夜這いをかけるならまだしも、「物音を聞きに行く」
という相当マニアックな方向へ打って出たのだった。
「確かこの廊下を曲がった先が…ゴク。」
譲は一度慎重に周囲を見回したあと、禁断の望美の寝所ゾーンへ足を踏み込んだ。
と、そのとき。
「うあぁ…うぅぅうぅ。」
足に何か微妙な肌触りのモノが絡みつき、譲は激しくコケた。しかし、
物音を立てる訳にはいかないので、瞬時に受身をとり、うめき声さえ
上げぬよう耐えた。しかし、何分不意の出来事だったので眼鏡が飛んだ。
微妙にピンボケする視界の中、なんとか目を凝らして微妙な肌触りの
正体を見極める。するとそこには…
「チィ、シクジッタカ。」
凶悪な顔つきのテディベアが鉤爪を鈍く光らせながら、鳥もち棒を持っていた。
どうやらアレで足を引っ掛けられたらしい。
「お前は…先輩のテディベア?人形が動いているなんて。
…まさか、怨霊!?」
「ハ!貴様ノヨウナ下衆ニ、怨霊呼バワリサレルトハナ。」
テディベアは鳥もち棒を投げ捨てると、両の手の鉤爪を譲に向ける。
そして高らかに名乗りを上げた。
「我コソハ、白龍ノ神子、春日望美ガ郎従ノ一。クレイジーテディナルゾ!!
ッテイウカ、神子ノ貞操ト、パンチラハ俺ガ守ル!!」
「うわぁ!!!!」
クレイジーテディは名乗りを上げると同時に、鋭い鉤爪で譲に殴りかかった。
なんとか譲はすんでのところでよけたのだが、暗い上に眼鏡も無いので
危なっかしいことこの上ない。
「フン…変態ト言エドモ、八葉デアルコトニハ変ワリナイカ…」
「どういう経緯で変態確定してんだよ!お前!!」
「貴様ガ常時神子ノ後ロニ立チ、パンチラヲ狙ッテイルコトナド、
クレイジーテディ様ハ百モ承知ヨ!!!」
「うぐぐぐぐ…。」
めちゃくちゃ図星であった。望美のミニスカはなかなかきわどいところ
までまくれ上がることが多かったのだが、そういえばいつも背中に背負った
この人形がじゃまして、良く見えなかったのだった…
「シカシ貴様ハ金気ヲ孕ム者。同属、致シ方ナシ。デアエェェ!!!」
「クソ!!まだ何かいるのか!?」
「ううん…なあに、てでぃ。……譲?」
御簾の奥からごそごそと這い出てきたのは白龍だった。どうも熟睡していた
らしく、やたら目をこすっていて眠そうだった。一生懸命おきようとしている
ようなのだが、今にも瞼が落っこちそうだ。
「白龍!!熊のぬいぐるみが大変なことになっているぞ!」
「ぬいぐるみ……?ああ、てでぃのこと?」
「白龍…知っていたのか?」
白龍は大きく一つ欠伸をすると、涙目で譲とクレイジーテディを見つめる。
そしてにっこりと笑って言うのだった。
「てでぃは神子に仕えるよ。かつてはヒトガタだったけど、五行の力、
満ちている。陰気を司り、害なすものから神子守るよ。」
「本来ナラバ、我ガ八葉ニ選バレテシカルベキヲ…貴様ナンゾガ…」
「……ってなんだよ、お前ら急に手なんて繋いで!!」
「夜中、神子の部屋に来るもの、神子に害なすって。てでぃ言ってた。」
顔の部位はにこにこと笑っているように見えた白龍だったが、目は全く笑って
いなかった。クレイジーテディは元々人形なので表情は見えない。だが、
明らかに譲を小バカにして笑っているように思えて仕方がなかった。
「ジャア、覚悟シテモラオッカナー。俺様カラノプレゼントヲ
トクト受ケ取ルガイイ。…サァ、白龍、イクゼ!!」
「うん。大一の力、小さき人形の願いの元に!!」
「金気ヲ孕ミテ、情欲ヲ絶ツ!!熊爪惨刃!!!!」
「うわぁぁ!!!!!」
よ く あ さ 。
「ふぁぁぁぁ。」
「ん、どうしたんだい望美?」
朝餉の膳に向かう望美に、ヒノエが声をかける。しかしタイミング悪く、
望美は大あくびの最中だったのだ。
「えへへへ…なんか最近、朝疲れが取れないときがあって。
夢の中でも戦ってたりしてたのかなぁ。私寝相悪いみたいだし。」
「おやおや、それは心配だね。美しい花も水をやらねば枯れてしまう
から。そのうち弁慶にでも頼んで、薬湯でも差し入れしてやるよ。」
「ありがとう、ヒノエ君。…あれ、どうしたの、譲君。その顔。」
「…なんでもないです。先輩。」
朝餉の膳を運んできた譲の頬には真っ赤な引っかき傷が3本。
それを見たヒノエは、手首の掠り傷…やはり引っかき傷が3本、か細く
のこっていた…を撫でながら、ニヤリと笑う。
「ふーーん、譲もやるねぇ。」
「…何がだよ?」
「別に〜。でもまぁ、ダサいな。それは。」
「………。」
譲は返す言葉もなく、ただ黙りこくっていた。
「怨霊にでもやられたの?八葉だからって無理しちゃだめだよ、譲君?」
「………はい。」
譲は返す言葉も無く、ただ一言のみ返事をするだけだった。そりゃそうだ、
あなたの部屋に侵入しようとして、返り討ちにあったなんていえるわけねぇ。
「あはははははは!!!」
「え?どうしたの?ヒノエ君?」
「いやーなんでもないさ。神子姫。さあ、朝餉にしようぜ。」
ヒノエの言葉に、そうだね、と笑う望美。そしてその横には、いつものように
緑色をした…しかし、手の部分がやたらと赤茶色によごれた…テディベアが鎮座
ましましていたのだった。
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