15.絆
「ゆ…うや……け、こや…け…の、あか、とん…ぼ…」
調子の外れた歌声が、耳元に響く。望美は、鈍い痛みと、暖かな体温と
微妙な振動と…その、調子外れの歌声で目をさました。
「…将臣君、相変わらず音痴だね。」
「あ?目ぇ覚ましたか、望美。そんなクチ聞けるようなら、
怪我、大したことなさそうだな。」
よっこいしょ、と少々年寄り臭い掛け声にあわせて、将臣は望美を背負い
直した。そう、将臣は気を失った望美を背負って京邸に向かう途中だった
のだ。
「…私…怨霊に…。」
「ああ、出会い頭にカウンターでぶっ飛ばされた。
お前、3メートルは飛んでたぜ。」
背負われているので、将臣の表情は見えない。だが、言葉の調子から
すると、少し笑っているようだった。しかし、望美にとっては笑い事
ではない。怨霊を鎮めることが出来なかったとあれば、白龍の神子として
の存在意義に関わる。
「まぁ、俺が後陣に居てよかったよな。俺が受け止めてなきゃ、お前
確実に5メートルは飛んでた。」
「…そうだね、有難う。でも…」
「ああ、他のやつらか?」
九郎とは、足手まといにならないという約束で戦に出た。譲とは絶対無理
をしないと約束した。町を徘徊する程度の怨霊を鎮められないとなれば、
白龍も朔も望美のことを心もとないと心配するだろう。だから、望美には
負けは許されなかった。だというのに、こんなにあっさりと気を失い、
今は将臣に背負われて、京邸へ向かっている有様なのだ。
「お前が気を失った後、凄かったぜ。九郎はお前を庇えなかったって
それこそ切腹しそうな勢いでヘコむし、ヒノエはそれを罵るし。
その仲介で景時は大慌てで、譲に至っては卒倒した。」
「…。」
「しょーがねーから、朔と白龍に譲を頼んで、とりあえずお前を
景時んちに運ぶことにしたんだ。」
「…ごめん。私が弱いせいで、皆に迷惑かけたんだね。」
「いいんじゃん?別に。」
「えっ?」
よっこいしょ、と再度年寄り臭い掛け声にあわせて将臣は望美を背負い直した。
その度に、望美に将臣の体温と髪の匂いが強く伝わる。
「溜め込むより喧嘩して発散した方がすっきりしていいだろ。それに、
八葉とかいうのは、それぐらいで壊れる絆じゃねーんじゃん?
つか、そんぐらいでヘタってたら、お前のこと守れねぇし。」
「将臣君…」
「まぁ、最悪俺はお前のこと背負って帰ってやるよ。昔から…
ケイドロやポコペンやってもお前のこと置いて帰ったことないだろ?」
「うん…そうだね。」
望美は将臣の背中に体を預けながら、昔やはり将臣に背負われて家路に
ついた日々を思い出した。転んで捻挫して歩けなくなったときも、
犬に追いかけられて大泣きしてしまったあの日も。将臣は絶対に見捨てず、
望美の側にいてくれた。きっとこの時代に流れ着いたときも、将臣は
そうやっていろんなモノを背負って、見捨てられずにきたのだろう。
望美はやがて来る、将臣との別れを思い出し、涙が込上げそうになる。
「…望美?どこか、痛くなってきたか?」
「ううん…大丈夫。なんでもない。」
望美は込上げそうになる涙を堪え、将臣の髪に頬を埋める。いつかきっと
太刀を交わす立場になるかもしれない。それでも…そんなことで切れる
絆なんかじゃない…望美はそう思い直し、今は望美の為だけにある、
将臣の背に望美の全てを預けたのだった。
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