17.戦火
「…最後に火を放ったのね。」
焦土の上を、一人望美は歩く。
鼻を衝く異臭は、家畜が焼けたのか…それとも人が焼けたのか。
大きな戦があると、必ずといっていいほど、敗軍側についた村は焼き払われた。
家も、田畑も、ありとあらゆるもの全て。徴発できるもの全てを奪いつくし、
最後に見せしめで焼かれるのだろう。たとえ、見せしめに焼かれなくても、
結局は戦で生じた落ち武者に襲われることになる。最終的には同じだ。
民には焦土以外、何一つ残らない。
無論、九郎はそこまで非道なことはしなかったが、全軍全てに命令が行き届く
訳も無く、こうしてまた一つ村が焼かれることとなったのだ。
望美は空を見上げる。
蒼天は高く、澄みきっている。
望美は俯き、地を見つめる。
焦土は黒く、禍々しい色に満ちていた。
「神子…そろそろ戻らねば。」
「敦盛さん…すみません。もう少し。」
望美を呼ぶ声に、振り返る。そこには沈痛な面持ちで敦盛が立っていた。
よほど気を張っているのか、微かに震えているようにさえ見える。
「神子、ここは場所が悪い。早く立ち去った方がいい。」
「分かってます…人が沢山死んだから。ちゃんと、お弔いもできていない。
だから……。」
「怨霊が生ずる。」
「…はい。」
「それが分かっていて…神子はもう少しいたいのか?」
「はい。」
望美の明確な答えに、敦盛は黙り込む。それが神子の意思なのであれば、
八葉である自分は異を唱える必要は無い。望美は暫く、焼けた家々を見遣った
あと、小さく溜息を付いた。
「神子…。」
「敦盛さん、私はまた…人を救えなかった。」
「そんなことは無い。神子は十分良くやっていると思う。」
「確かに、私の力で怨霊を封印し、解き放ってあげることはできます。
だけど…それだけじゃ、だめなんです。龍神の加護を得ているのならば、
もっともっと…怨霊になる前になんとかしないと…戦火が広がる前に。
この村は救えなかったから…だから、絶対目を背けてはいけないと思った…」
「神子は…だから、この村に?」
望美は俯き、怒りに震えていた。無辜の人々を殺める戦の残虐さを、
それを止める事の出来ない自分の力の至らなさを思って。
敦盛はそんな望美を…不謹慎ながら美しいと思ってしまった。
優しさの中に、激しい怒りを抱き、強く前に進もうとする白龍の神子が。
「神子は…間違っていない。神子の強さが、いずれ人々を救い、
怨霊をも救ってくれるだろう。それが今ではなくても、何時か、必ず。」
「敦盛さん。」
「その為に八葉は在るのだろう。だから、神子も私の力を使って欲しい。」
「有難うございます。」
「あ、いや…私の力がさほど役立つかは分からないが。」
「そんなこと無いです。本当に、有難うございます。…もうここにいても
仕方が無いから…そろそろ帰りましょうか?」
望美は敦盛に小さな笑顔を返す。敦盛も頷き、それに答えた。
そして最後に二人で焼けた村を見つめた後、決意を新たに立ち去ったのだった。
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