24.手を取り合って
寝待月が天に昇る頃合。京邸の最奥の部屋の御簾が微かに上がる。
その僅かな隙間から、望美はするりと抜け出した。さりとて用がある訳ではない。
しかし、瞼を閉じても眠りにつくことが出来ず、こっそりと寝床を抜け出したのだった。
空に浮かぶ欠けた月を見つめならが、望美は小さく溜息を落とした。
「…どうしたんだい?望美。夜更けにこんなところで一人月を見ているだなんて。
まさか、花真珠のように艶やかなその吐息は、俺以外の男を想って零れた
なんていうんじゃないだろうね?」
望美が急に耳元で聞えた声に振り返ると、直ぐ後ろにヒノエが立っていた。
ヒノエは望美の曇りがちな顔を暫く見つめてから、寝待月を見遣る。
「月に叢雲、花に風とは良く言ったものだね。
さて、俺の神子姫の笑顔を曇らせる不届き者は何処のどいつだい?」
「やだなぁ、違うよヒノエ君。」
ヒノエの軽妙な言葉に、思わず望美は笑みを漏らす。
ヒノエも望美に微笑を返し、望美の真横に座り込む。
暫し、二人は黙って月を見つめる。
普段は湧き上がる泉のように、美辞麗句を浴びせ掛けれくれるヒノエだったが、
今は何もしゃべらない。
「…ヒノエ君、あのね。」
「ん?」
「私…ちゃんと神子として役にたっているのかな?」
「…どうしてそんな風に思うんだい?」
「だって…世の中には相変わらず怨霊が満ち溢れているし、
戦も終わりが見えない。本当に…私…」
「ねぇ、望美。両手広げてみて。」
「え?」
ヒノエの意外な言葉に、一瞬戸惑った望美だったが、素直に両手を広げる。
「俺の神子姫はありとあらゆるものを抱えこみすぎるんだな。
観世音菩薩のような慈悲深さは麗しいが、望美の両手を一杯開いたって、
お前が抱きしめられるものなんてそれっぽちしかないだろう?」
「でも…!!」
「ほーーら。」
ヒノエは、望美の手を取り、自分も精一杯両手を広げる。
「二人だと倍だ。望美には俺がいる。まぁ、あと他の八葉とかさ、
源氏の兵とか。お前の為に両手を広げてくれるやつなんて五万といるんだぜ。
だから、お前の腕の中からこぼれても大丈夫なんだよ。」
「………。ヒノエ君…ありがと。」
「それにな…」
「それに?…あっ!」
望美の手を取っていたヒノエは、不意にその手を強く引っ張り、
自分の胸元に望美を抱き寄せた。そして、耳元で優しく囁く。
「まずはその両手で抱きしめられるものを大切にしたほうがいいぜ。
ほら、たとえば、この俺とか。な?」
「もーーヒノエ君…。」
「まぁ、詳しくはあちらの部屋で。寝待月が天にお帰りになるまで
まだしばしの刻があるだろうから。」
そう耳元で囁くと、望美の返事を待たず、ヒノエは望美を抱きかかえて
奥の部屋へ消えたのだった。
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