25.運命



私の全てを満たし、私を一にした、私の神子よ。
愛しき私の神子に、この世、全ての祝福を。



「とうとうこの日が来たね、神子。」


まったき龍の姿を取り戻した白龍が、優しい声で望美に向かって
話しかける。人の形をしていないので、微笑んでいるかどうかは分からない。
しかし、望美は白龍の気配から、優しい…きっと微笑んでいるだろう気配を
感じとった。


「うん。本当に、とうとう…元の世界に帰れるんだね。
 九郎さんと共に。」
「ああ…俺も本当にお前の世界に行ける日がくるなんて…
 思いもしなかった。」


にこやかに白龍の前に佇む望美の横には、やはり柔らかい表情をした
九郎が立っていた。幾千万の苦労を乗り越え、九郎は望美と共に望美の
世界へ旅立つ決心をしていた。


「ああ、そうだね。でも、九郎にとって望美の世界は異世界。
 きっと苦労が絶えないと思う。」
「うん…私も、こっちの世界に来た時は随分大変だったもの。」
「いや、きっと九郎はそれ以上に大変だよ。戸籍もないし、定職も
 ないし…。」
「こせき?ていしょく?なんだんだ、それは?」
「…そう言われると…た、確かに大変かも…。」


白龍のリアリティのある発言に、思わず望美は顔を曇らせた。
その望美の不安が九郎に伝播したのか、九郎も落ち着かない表情を浮かべる。


「でもね、神子。私の愛しき神子。私は貴女の幸福を何よりも
 願っている。だからね、祝福を用意したんだよ。」
「祝福?」


白龍の思いがけない言葉に、望美が顔を上げると、望美と九郎の目の前に
大きなトランプのようなカードが3枚浮かび上がった。


「な、なにこれ!?」
「私からの祝福だよ。神子の世界での九郎の生い立ちを設定してみた。
 九郎、この中から好きなものを選んで。」
「俺がか?」
「そうだよ、九郎。九郎の人生だから、九郎が選び取らないと。
 3枚とも異なった人生になっているから、よく考えて選んで。」


白龍がそういい終わると、3枚のカードが九郎の目の前に移動した。
しかし、よく考えろといっている割には、何故かカードは中身が見えないように
伏せれていた。しかも、そのカードのうち、真ん中の1枚だけがやけに
飛び出して配置されている。


「…怪しい。」


望美は思わず呟く。ババ抜きの法則で言えば、この手の配置が一番危険
な事この上ない。純粋にババを抜きやすい位置に置いてある可能性も
あれば、裏の裏を読んで、こんなところにババを置く訳ないと思わせて、
あえてババを仕込ませてる可能性もある。枚数が少ないだけにどちらの
危険性も高い。


「九郎さん、ここは良く考えなくては…って、もう引いてるし!
 しかも真ん中!!!!」


生憎、望美のような思慮熟慮を持ち合わせていない九郎は、疑うことも
迷うこともなく、真ん中のカードを引き抜いた。そして、そのカードを
裏返してみると…


’8* 京都に生まれる
’9* 神奈川県立XX中学校入学 同時に暴走集団「藤沢連合」に所属
’9* 神奈川県立YY高等学校入学 「藤沢連合」トップに上り詰める
’0* ラジオ真夜中直行便の人生相談に感銘を受け、音楽の道を志す
’0* 原宿ミュージックアカデミー専門学校入学
’0* インディーズバンド カブキポップス結成
’0* メンバー BENKEI(Dr)脱退
       (中略)
   今年、幾度かのメンバーチェンジの後、HARUTOKIレコードより
   メジャーデビュー決定!!!!


「…だそうだ。イマイチよくわからんが、どうだ、望美?」
「どどどどど、どこから突っ込んでいいのか分からないよ!!
 てゆーか、カブキポップスって!一体!!!!」
「とりあえず、ビジュアル系にしておいたよ。九郎の姿かたちから、
 それが一番違和感がないかと思ったんだ。」
「びじゅあるけい?」
「うん。九郎はこれから今までと同じ格好で、太刀の代わりに楽器を
 もって唄を唄うんだ。」
「おお…そうなのか。うん、なんか面白そうだな。」


案外満足気な顔をしている九郎を尻目に、望美は残されたカードを開けてみた。
すると残されたカードには、「IT長者」とか、「地元の馬鹿ボンで愛車は
ランボルギーニ・カウンタック」とか書いてあった。


「あの…白龍?こっちに変更は…。」
「九郎の選んだ人生だから、選び直せないよ。あ、そろそろ時間だね。
 はい、こっちへどうぞ〜〜〜。」
「えーっちょっと、まってっ!!あーーーれーーーー!!!」


龍の形をしているので、笑っているかどうかは分からないが、明らかに満面の笑みを
浮かべていそうな白龍に背中を押されて、望美と九郎は時間の狭間に押し込まれた。
こうして二人は望美の世界…現代へ(半ば無理矢理)戻されたのだった。

尚、これより数日の後、新章「春日家・父娘の戦い〜私の彼氏はビジュアル系〜」
の幕が切って落とされるのだが、それはまた別の話。




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