Bigbang



暗闇の中、蠢く。
暑苦しいまでの息遣い。
そして…卒倒するような臭気。

「…っつー。あと1足…足らんたい。」

太い指先が、弄ぶ。禁断の…。


「光弘、何度呼べば分かると!!」
「聞えてるたい!かぁちゃん!直ぐ行くばい!!」

中村が自室の押入れのなかからごそごそと這い出してきた。
そして、しっかりと先ほどまで愛でていたソックスの格納してある
アタッシュケースを布団と布団の間にしっかり挟みこみ、隠した。
何かの拍子に発見された日には目も当てられない。そう、中村…
もといソックスハンターの集大成がそのアタッシュケースで小さな
コスモを作り出していたのだった。クラスメート全員分のソックス。

それが。

彼の宇宙の全て。

だが。

未だ彼の宇宙は完全ではなかった。

そう。

あと、一足…足りないのだ。




「ふ……る、か…な。」

普段は地面やら猫やら低い場所ばかり彷徨っている視線を、微かに持ち上げる。
視線の先にある曇天を見つめ、石津は小さく呟いた。この2、3日まともに
陽光を拝んでいない。石津自身としては寧ろその方が有難かったのだが、
生憎衛生官としては有難くないことこの上なかった。

「どう…し…よう…洗濯…」

天気が悪いと洗濯物が溜まる。その上、先日から洗濯機が壊れたままだった。屋上に置い
てあった物干竿は無くなるし、代わりに使った洗濯ロープも切れた。
どしゃぶりの雨でも降ってこれ以上衛生環境が悪くなったら目も当てられない。

「………。」

石津はこれ以上考えても仕方が無いことに気づき、口を噤み足元を見た。



「将を射んと欲すれば先ず馬を射よ、という事なのです。」

薄暗い教室。本来ならばまだ日没まで時間があるはずなのだが、分厚い
雲が夕方の暖かい光を阻害し、もう日が暮れていく時間か経ってしまった
かのように、部屋は暗くなってしまっていた。

そんな薄暗い教室で、タイガー…もとい、遠坂は中村の限りなく視野の狭そうな瞳をまっ
すぐみつめ、断言した。

「そぎゃんこと急に……ソックスの馬…足…?」
「まぁ、足といえば足ですけれどもね。他にも方向性とか、あるでしょう?」
「………。」

中村はこれ以上考えても新しい方向性を見出せそうになく、口を噤み足元を見た。



「よ…か…った。」


石津は4日ぶりの晴天の空を見上げ、小さく笑った。詰め込むだけ詰め込んで重くなった洗
濯籠をふらふらしながら抱え上げ、屋上に向かう。無くなってしまった洗濯竿の代わりに
スズランテープを命一杯張り、洗濯物を干す。大空にはためく洗濯物。屋上を通る風がと
ても気持ちがいい。だが、一瞬何か殺気だったような気配を感じる。

「………?」

石津は振り返るが、階段には人影はなく、ただネコが一匹大きな欠伸を
しているだけだった。


「まさか、こっち見よるとは思わんかったばい。」

階段を2、3段下がった場所で、中村が心臓の辺りを押さえつつ、息を殺してかがみこんで
いた。将を射んと…という実行の為に、とりあえず石津を観察していたのだった。
一瞬後ろから鈍器のようなもので殴って気絶している間に…と思わないこともなかったが、
事後処理を考えると頭が痛い。バレた暁には中村の命さえ危ういし。

「しょうがなか。もう少し様子ば見るたい。」


中村は小さく溜息を付くと、階段から頭を覗かせ、鋭い眼光で石津を見つめた。



それから、数日間…

中村は只管、石津の行動を観察することとなった。一重に、石津のソックス…いわば中村
のソックス専用アタッシュケースの最後のピースを得る為のみに。
しかし、図体のでかい中村が物陰に隠れようとしても実際問題限度がある。はっきり言っ
てはみ出している。流石に石津でさえも無視するのが難しいぐらいに、はみ出しているの
である。

あまりにはみ出しぷっぷりに、石津も当初は気になってはいたが、敢えて中村に真意を正
すのは面倒くさかったのでそのままにしておいた。それに、無視されるのは慣れているが、
じっと見つめられるなんてことは石津の人生の中において、未だかつてない経験でどう対
処してよいのか見当が付かなかった。

「……へ………ん。」

ポツリと一言呟くと、仕方なく石津はいつも通り衛生官としての仕事をこなすのだった。



さらに、数日後…

「なんじゃ、案外仕事多かとね…。」

相変わらず、中村は石津を観察していた。本人は石津に気づかれていることにさえ全く気
づいていないようだったが、実は二組女子の間では既に「中村はストーカー」という悪い
噂すら立っている。はみ出ているどころか、超バレバレである。

しかし、当初はソックスの為だけに一心不乱に石津の行動を観察していた中村であったが、
彼女の行動を一日中付回していた結果、自分の知らない石津の仕事振りを知ることが出来、
石津の行動をを見守ることも目的の一部となってきていた。彼女は中村が想像をしてい
たよりも、はるかに沢山の仕事を行っていた。たとえば、衛生官として引き受けた尋常で
はない量の洗濯物を毎日洗って屋上に干していること。皆が過ごしやすいように、不慣れ
な手つきでプレハブ校舎の改修をしたりしていること。そんな忙しい仕事の合間をぬって、
ブータや他のネコたちのために、身銭を切ってエサをやっていること…どんな小さな仕
事でも手を抜くことなく、心を込めて仕事をしていた。

「ばってん…」

一生懸命に石津が仕事をしているのに、何故か洗濯ロープが切れてせっかくの洗濯物がだ
めになったり、直したばかりの屋根から雨漏りがしたりするのだ。それも一回や二回では
なく、明らかに作為的に。それでも石津は誰に文句を言うでもなく、黙々と仕事をこなし
ていった。そんな健気な石津の姿を見た中村は、隙があれば、こっそり洗濯物を直してや
ったりしていた。しかし、そんな二人の努力を嘲笑うかのように、今日も買ったばかりの
洗剤全てが整備員控え室の中にぶちまけられていた。

「……誰がそぎゃんことばしとっとや。」

中村の目からみても、石津はキチンと仕事していたし、誰にも特に迷惑をかけたり悪い噂
を流すようなことはしていなかった。ただ寡黙に…まわりとの交流を絶って。仕事をして
いるだけだった。それなのにこんな仕打ちを受けていた。


かちり。

中村の心の中で、何かが爆ぜた。

「たいぎゃ理不尽じゃなかか?」

ちりちり、ちりちり。

ソックスの為のみに注がれていた彼の血潮が、心の中に生まれた小さな火種に注がれる。



そして、その日の深夜…

中村はプレハブ校舎屋上に徹夜で張り込んでいた。日中はかなりの時間石津をストーキン
グ…もとい観察しているのだが、石津にそんな仕打ちをしている犯人の尻尾を掴んだこと
はない。多分夜遅くに仕掛けておいてあるのだろう。そう踏んだ中村は眠気を堪えて細い
目を限界まで広げて様子を窺っていた。日中だったらバレバレだろうが、闇夜の中では中
村も上手く身を隠すことが出来たのだった。暫く身を縮こまらせ、中村がスタンバってい
ると、階段をコツコツと上がってくる軽快な足音が聞えてきた。どうやら犯人のお出まし
らしい。中村は丹田に力をこめ、その時を待った。

「ふふふふ…今日はちょっと大きな罠でもしかけておこうかしら。」
「せ、先輩…本当に、それ、仕掛けるんですか?」
「あら、何言ってるの。これ設計したの、貴女でしょう?」

中村が物陰に隠れているとも知らず、闇夜に似合わぬ軽やかな女の声が聞えてくる。

「…っ…相手が悪か…。」

光源もなく、闇夜の屋上では姿かたちははっきり見ることが出来なかったが、中村はその
軽やかに笑う声の主を察することが出来た。敵にするには、最悪中の最悪。二組を仕切る、
女帝…。相手次第ではその場で叩きのめしてやろうと思っていた中村であったが、相手
が女の上に、例の女帝となると話は別だ。正直、自分の命さえ危うい。しかし、だからと
言ってこのまま看過することもできない。話を聴く限り、どうやら石津に対する大きな罠
が仕掛けられるらしい。

「下手すると…どこか骨折れちゃうかもしれませんよ?」
「あーら、いいじゃない。暫く学校休んでくれると都合が良いわ。
 視界に入ると辛気臭くて目障りだから。うふふふふ。」

「めざ…わり…?」

中村は彼の耳に入った言葉を疑った。只管に部隊の為に仕事をする彼女が、ただ視界に入
るのが目障りだから…あんなことを?仕事の邪魔をして、剰え怪我をさせるというのか?
中村が呆然としている間にも、彼女達の工作は進み、そして空が白み始めた。罠を仕掛け
あげた彼女達は、快活に笑いながら帰路に着いた。彼女達が立ち去ったことを確認した中
村は、急いで罠を外そうとしたが、なかなか手の込んだ仕掛けで上手く外すことが出来な
い。焦るたびに太く不器用な指がすべり、ただ時間ばかりが過ぎ去っていく。



キーンコーンカーンコーーーン

無常にも、校舎に始業のチャイムが響き渡る。いつもの石津なら、HRを出た後、洗濯を
する為に一限の授業はサボって屋上にやってくるはずだった。そして、洗濯物を干そうと
した瞬間、先程仕掛けられた罠が作動する。


コツ…コツ……コツ…。

屋上へと続く階段を登る足音が聞えてくる。石津の足音だ。いつも大量の洗濯物を抱えて
いるので、とてもゆっくりと階段を上がってくるのだ。罠を解除することが出来なかった
中村は急いで、近くの段ボール箱の陰に身を潜めた。

「…いい…天気……。」

何も知らない石津は、一旦洗濯籠を置くと、晴天の空を見上げた。そして、一歩一歩と罠
の仕掛けられた物干し台の近くに歩み寄る。

「ああああああああ!!!!どぎゃんすればよかと!!!!!!」

石津が罠を踏むまでもう1、2歩もなかった。罠が作動しれば、金属製の重い物干し台が倒
れ、直撃すれば石津の細い手足はいとも簡単に折れてしまうだろう。



そうすれば、彼女は。学校にこれなくなる。

見れない。

彼女の、ひたむきな姿。

彼女の、ネコにだけ見せる小さな笑顔。

もしかしたら、もう、二度と…。



最初はソックスしか、見てなかった。

だけど、時が経つにつれ、彼女の仕事をする背中や、

ネコの見せる表情や、微かな笑みを…見てしまった。知ってしまった。



だから。



「どりゃぁぁぁぁぁぁぁああああ!!!!!」

中村は、自分の世界を構成する、一番大切なものを差し出した。懐から肌身離さず大切に
持ち歩いていた例のソックス専用アタッシュケースを取り出すと、仕掛けられた罠に向か
って投げつけた。アタッシュケースが当たった衝撃で罠が作動し、中に入っていたクラス
全員分のソックス(除く石津)が爆風にあおられ、天空に舞う。突如現れた大量ソックス
に驚いた、石津は思わず後ずさり、腰を抜かした。そんな彼女の方に、運悪く物干し台が
倒れ掛かる。


「ぬおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

ソックスを捨てた中村は、迷うことなく石津と物干し台の間に飛び込んだ。そして、物干
し台は石津の身代わりになった中村に命中した。が、豊満などてっ腹に直撃し、直撃した
勢いで物干し台は弾け飛んだ。

「…あれ?痛く…なか。」
「だい…じょう…ぶ……?」

ようやっと腰に力が入った石津が、ゆっくりと倒れこんだ中村に近づく。そして、ほとん
ど聞き取れないような声で中村にしゃべりかけた。

「物干し台…中が…空洞……か…る……い……の。」
「………。」

呆然とする中村に、石津はさらに止めを刺した。

「あと…いっぱ…い……靴下…洗濯…物…持ってきてくれて………あり…が…と。」
「………………。」


はらはらと晴天の空を舞う、ソックス。
そして石津の…今まで、中村が見たことがないような笑顔。

「まぁ…よかたい。」

中村は涙ながらにそう呟くと、急に視界が白くなった。全てのものが中村の視界から消え
うせる瞬間、中村は唐突に理解した。



全ては爆発に始る。
そして、失った物の代わりに…


新しい宇宙を、得る。



新しい、宇宙。石津の…笑顔。



石津の、中村の安否を気遣う最大限の声を聞きながら、中村の意識はそこで途絶えた。顔
には満面の笑みを浮かべながら。


…尚、この事件は後日「中村大爆発(大暴走)告白」として各方面に伝説を残した。そし
て、これを機に中村がソックスハンターを引退したのは言うまでも無いことであった。









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*Thanks 222221HIT 川村紫苑 様