so gorgeous
「…ええ、あの子ならやってくれ…ると思ってたんですよ!
なにせ…小さ…いときから体操の強化選手に選ばれて…いたんですから。」
「小学校…のときの教え子な…んですけど、勇美ちゃん、
本当にすごくイイ子で…ええ、クラスでも…人気あったんですよ!」
電波の受信状態が悪いのか、教室の片隅に置かれたポータブルテレビは、激しくノイズを
入り混ぜながら、夕方のニュースを流していた。戦争が激しい昨今、テレビで放送されて
いるのは戦意高揚のための嘘臭いドラマか…明らかに情報操作された、やはり嘘臭い
ニュースぐらいなものだった。
新井木は薄暗い教室で一人、その嘘臭いニュースをぼんやりと見ていた。
先ほどから話題はたった一つ。過去、世界で片手の指で数えるほどしかいない、絢爛舞踏章の
受勲者の話。新井木は手元にある矢鱈豪華な勲章を弄びならがら、そのニュースを見続ける。
もう随分と会っていない両親が、とても仲が良さそうにインタビューに答えている。
自分を軍隊へ追いやった担任が、まるで心にも無いことを答えている。
そして、自分があったことも無いような人が、まるで近しい付き合いでもしていたかのように…
「う…る…さいっ!!!!」
新井木は小さく短く叫んだかと思うと、帯刀していたカトラスを振上げ、ポータブルテレビを
薙ぎ払った。その所作はまるで埃でも振り払うかのような、軽々しい動きではあったが、
斬りつけられたポータブルテレビは、小さな爆発音と共に、真っ二つに割れ、黒々とした煙を
吐いている。さらにもう一閃、太刀をテレビに浴びせ掛けようと、新井木がカトラスを振上げた瞬間
教室の後方のドアが開いた。
「あれぇ、勇美ちゃん…なにやってんのぉ?」
「…ぽややん。」
新井木に「ぽややん」と呼ばれた速水が、両手に何やら紙袋を抱えて教室の中に入ってきた
のだった。
それは、昨日の話。
「…ぐあああぁ!!」
弾切れになった火器を放り投げて、大振りのカトラスを抜く。振上げて、右に払う。
さらに振上げて、トドメ。一連の動作は、既に決定付けられた事柄。寸分の隙もありはしない。
風のように迅速に、そして流れるような攻撃で、新井木はゴブリンに引導を渡した。
もはや、何度そうしてきたかなど憶えてはいない。ただ、生き残りたいならスカウトの取る行動は
一つ…目の前の敵を殺す。それが新井木にとっての「適当な」行動だったのだから。
そして、「適当な」行動を取り続けた結果、とうとうその日を迎えたのだった。
芝村準竜師からの耳障りな電話を切ったあと、新井木は小さく肩をすくめた。
きっと面倒くさいイベントが沢山あるに違いない…しかし、現実は遥かに新井木の想像を
超越していた。繰り返されるインタビュー。意味の無い質問。上辺だけの賛辞。
「少しだけ、我慢してください。」
善行の言葉に、小さく頷いて我慢していた新井木だったが、少しの我慢もずっと続くのであれば
大きな我慢だ。午後になり、人知れず殺気をはらみ始めた新井木に勘付いた善行は、人気の無い
教室で休憩を取るように指示をした。新井木がインタビュアーや親友だとなのる見知らぬ輩を
斬り殺さずにすんだのは、そんな善行の小さな気配りがあった為に過ぎない。もし、善行が
気を使わなかったのならば…きっとゴブリンを殺すよりも容易く、流暢に、新井木はその輩を
斬り捨てたに違いなかった。
「で、何のよう?」
「うーん。えへへ。」
ポータブルテレビを斬った余韻か、新井木は僅かながらに殺気を湛えた瞳を速水に向けた。
しかし、速水はそんなことを気にする様子も無く、満面の笑みで新井木に近づいてくる。
「…。」
無言の新井木を尻目に、速水は新井木の真ん前まで近づくと、立ち止まり、真っ直ぐに新井木を
見つめた。そして、やはり満面の笑みのまま、新井木に言ったのだった。
「目を閉じてね、うーーーんと口、大きく開けて!」
「なにそ…」
「いーーから!!早く早く!!!!!」
「あーもー分かったよぉ!」
速水の剣幕に押され、最後は不貞腐れるように、新井木は目を閉じ大きく口を開けた。
その瞬間、口の中に何やら仄かに暖かいものが詰め込まれた。そして、直後、口の中いっぱい
に広がる甘い香ばしい感覚…
「むぐぐ…クッキー!!」
「えへへへ〜大当たり!さっき調理実習室で焼いてきたんだよ!」
新井木が目を開けると、これ以上は無いというくらいにニコニコした速水の笑顔があった。
先ほどまで両手に抱えられていた紙袋の口が開いており、中から大量のクッキーが顔を覗かせて
いる。
「すご…甘い。これ本物の砂糖でしょ?…手に入れるの大変だっただろうに。」
新井木は速水の手作りクッキーを噛み締めながら、速水に問うた。
「うん。本物だよ。やっぱクッキーはちゃんとした砂糖で作らないと。
サッカリンなんかじゃダメダメだよ。…まぁ、手に入れるの結構苦労したけどね。
お金足りなくて、初めて万引きしちゃったよ!結構スリリングでさぁ〜」
「ゴフッゴフゴフッ…ま、万引きぃ!?」
速水の言葉に思わず、思わずクッキーを噴出す新井木。速水の方はというと、噴出した新井木
の背をさすってやりながら、クッキーもったいないなぁなんて呟いている。
「だってしょうがないじゃん。お金足りなかったんだもの。」
「そんなのマイマイに頼めばいーじゃん。」
「そんなの、意味無い。」
静かにだが、はっきりとした口調で速水は言い切った。先ほどまでの笑顔とはうって変わって、
真剣な面持ちだった。その表情に普段はマシンガントークの新井木も言葉が続かない。
「そりゃぁ舞に頼めば、それこそトン単位で砂糖なんて手に入ると思うよ。
でも、それじゃ意味無いんだ。僕がね、お祝いしてあげたかったんだよ。僕の持てる最高の力で。
…たった一人で、こんなに遠くまで来てしまった君のために。」
「ぽややん…」
「いろいろ、大変だったろう?」
「うん。」
俯いてしまった新井木の肩を、速水は軽くポンポンと叩いた。その暖かさと重みは、かつて新井木の
頭を優しく撫でてくれた大きな手に、ほんの少しだけ似ていた。速水の手の重みを感じながら、
新井木は初めてゴブリンを殺した日のことを思い出した。スカウトの初陣で、突撃錠に悪酔い
したことを。いっぱい泣いてしまったことを。そして…あの男に慰められたことを。
一つを思い出すと、まるで絡んだ糸が解れ出したかのように、次々と思い出が…戦いの記憶が…
悲しみが、憎悪が、蘇る。…そして、今。
「大変だけど…私にはあそこが居場所なの。あそこに行けば、いつもいい風が吹いてるから。
いい風が吹いていれば、私絶対負けないよ。だって、アイツが…アイツが見守って
くれているんだもの。」
「そう。それは、良かった。」
新井木は顔を上げる。瞳にはいっぱいの涙…しかしながら、表情は笑顔。
速水も新井木の笑顔をみて、また満面の笑顔になる。
「……ありがと。」
「あははは。落ち着いたみたいだね。まだいっぱいあるから、あとでゆっくりと食べなよ。
あと…若宮君の分もあるから。」
「もー何げにぽややんは気が利くね!」
「何げって…僕はいつも勇美ちゃんのこと、気にかけてあげてるよ!」
「ふん!マイマイにも同じようなこと言ってクセに!!!」
「うーん、舞にはもっと凄いこと言ってるけどな。」
そういうと速水は大きく口をあけて笑った。新井木もつられるように、笑う。
ひとしきり笑ったあと、速水はじゃぁ!と大げさに手を振りながら教室をあとにした。
新井木はまた一人、教室に残される。しかし、その手には沢山のクッキー。
「本当に、ありがと。」
新井木はクッキーを抱きしめる。もう冷めてしまったはずのクッキーから、速水の暖かさが
ゆっくり、ゆっくりと伝わってきたような気がしたのだった。
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