REPAIR


善行はじじむさく、日本茶をすすり、一息つく。

春うららかな、日々。

決死の覚悟で九州中部前線に赴任した善行であったが、「ヒーローとヒロイン」物語の主役がそろった
事で戦場は瞬く間に人間側優位に傾き、とうとう最近は1週間に一度雑魚幻獣が出るか出無いか。
前線というにはほど遠い、安寧な日々を送っている。


しかし、そんな善行にも僅かながらに悩みがあった。


ずばり「すね毛ケア」である。


幻獣との戦闘に明け暮れる日々なら、全くもってどうでもいいこと…というか、こんな事に
悩みはしない。毎日剃毛しないとお話にならないからだ。ウォードレスは人工筋肉をダイレクトに
自身の肉体に噴霧付着させて着用する。無論事前に体には痒み止め用の溶液なり、皮膚保護剤などを
塗って置く。しかし、ウォードレスを脱ぐころには…そんな薬剤の効用なんてとっくに切れており、
しかも人工筋肉を外すには、関節部位についている着脱ピンを一気に引いて剥がす他方法が無い。
すね毛なんて生やしていたら、ウォードレスを脱ぐたびに脛が因幡の白兎モードになってしまう。

しかし、こうも戦闘の間があくと、剃毛なんておろそかになってしまう。
もともと男子たるものすね毛ケアなんて眼中に無いことだったし、善行の性格を考えると…
自分の顔の手入れさえいいかげんな男だった。毎日、原に無精ひげのことを責められているが、
一向に剃ってくる気配はない。

「髭はともかくとして…脛が毎回はれるのはちょっと問題なんですよね…」

一人ごちる善行。

以前若宮に相談したこともあったのだが、「我々若宮タイプは無毛であります!」との回答で、
会話は終了した。一瞬、オチョンチョンな辺りも無毛なのか聞きそうになってしまった善行だったが、
目の前にいる巌のような男のそんなもん聞くのもなぁと思い直し、深入りはしなかった。

「原さんに、ちょっと相談してみましょうか。」

そう決心すると、善行は原をランチに誘いに小隊長室を出た。



春うららかな、午後。プレハブ校舎屋上。

善行と原が並んでお昼を食べている。その様子はまるで…怒号飛び交う作戦会議の様であった。
最初、善行が原を誘った段階では、まだ原は、緩やかな笑みを浮かべていた。
だが話が善行の悩みの話になると…明らかに原の顔には「不機嫌」と書かれたようであった。

「くっだらない!毎日剃毛すればイイだけの話じゃない。」
そう言い放つとひたすら弁当をかき込む原。

「いや、まぁ、そうなんですけど。私もそれ以外にいろいろと仕事がありましてね…」
「じゃぁ、すね毛ボーボーでウォードレス着用すれば?」
「あれを脱ぐときの痛みはもう…すごいんですよ。あいにく私もそんなドMじゃありませんし。」
「あーそー。そういえば割とSよね、あなた。しかも放置プレイ好きだったっけ?」

まったく、話にならない。
ひとつ溜息をついて、善行は責めの一手を放った。

「原さんは…いつもとても美しいから。美容関係…つまり脱毛についても詳しいかと思って
 ご相談したのですが。」

褒められて気を悪くする人間はいない。
原も例外ではなく「いつもとても美しい」に反応したようだった。
たちまちにこやかな笑みを浮かべ、善行の話に耳を傾けた。

「えーまぁ、そこまで言われたらしょうがないわよね。確かに小隊内で美容関係に
 一番詳しいのは私でしょうし。」
「ええ、ひとつよろしくお願いします。」
「んーじゃぁ、レーザー脱毛とかは?完全に無毛にするには3ヶ月サイクルで3〜6回
 ぐらいレーザー照射しなくちゃならないけど。」
「いや、そんなに時間がかかっては…戦争が終わってしまいます。」
「えーじゃぁ、脱毛テープかなんかで一気にベリっと!」
「…それではウォードレスと変わらないんですけど。」

「あーまぁ、確かに。」
原は一言同意して、善行の足を見やる。

学兵独特のへんてこりんな制服のハーフパンツから、善行の足が伸びやかに投げ出されている。
そして、脛。確かにこれだけ生えてるのを一気にひっぺがしたら相当に痛いだろう。
一見、細身でやせぎす風な…悪く言うとチキン野郎に思われがちな善行であったが、
脱がすと案外ガタイの良い体をしていた。最前線にいる軍人なのだから当たり前なのだが。
そんな日々をかすかに思い出し…原は善行の脛をゆっくりと撫で上げた。

「!!」
原の突拍子のない行動に驚いた善行であったが、為すが侭にされた。
細く、白く、美しい。かつて善行が褒めた、原の指が脛をゆっくりまさぐる。
善行が原の首筋に手を伸ばしかけたその瞬間、原は指を止め、ひたすら脛をゴシゴシし始めた。

「え?」さらに突拍子のない行動に驚く善行。
「うふふふふ。」子供のように無邪気に笑う原。



「ほーら!アリンコ!!!」そういうと、原は大爆笑した。

善行の脛の一番毛濃いところに、アリンコ…もといすね毛が絡まって出来た毛玉が
まるで蟻の様に見えたのだった。

「あははははは!!」善行も破顔する。
「そういえば中学生のころ、毛濃い同級生を捕まえては体育の時間とかにやってましたよ。」
「うふふふ。いいじゃない、すね毛ぐらい。
 というか、すね毛がない男の足なんて見ても欲情できないわ。」

そういって、原は空になった弁当箱をひょいと持ち上げ、屋上から去っていく。
そんな原の背中に向かって、「一本取られましたよ」と声をかけるしかない善行であった。


「…一本とられた上に、問題は全く解決しなかったですね…」

一人ごちる善行。

「でもまぁ、原さん…いや素子の可愛い笑顔が見れたから良しとしますか。」
善行はかすかに微笑みながら、もう一言、声にならない程度に呟いた。



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