こんなランサーにも逢いたかった…



フィッシュ編



磯の香りを孕んだ強い風が、凛の黒髪を吹き上げる。
千路に乱れそうになる髪を片手で押さえて、凛は防波堤を見回していた。


静かだった。


噂では赤い釣り師と金色の竿を持つ男が、デスマッチを繰り返していると
聞いていたのだ。純金の竿が何十本と放置されており、盗りたい放題だとか、
魚がトン単位で放置されているとか壮大な話だったのだが。そこに金になる臭い
を感じた凛は、わざわざ学校をサボって港の先の防波堤近くまで足を伸ばして
いたのだった。しかし、噂は所詮噂ということだったらしい。


人、一人いない。
ただ、そこにいるのは。
青髪のサーヴァント、只一人。


「…なんだ、ボウズじゃない。ランサー。」
「お嬢ちゃんも俺の釣果をアテにして来たクチか?」


カラのバケツを覗き込む凛に振り返りもせず、ランサーは一言答えた。
視線は海面に向けられたままだ。兎に角風が強いので、凛は風下側のランサーの
横に座る。ガタイがいいので丁度良い風除けになる。


「もっとデカい話だったから来たんだけどな…。せめてランサーの魚でも
 持って帰ろうかと思ったんだけど、それすらダメみたいね。」
「ははは。悪かったな。まぁ、そんな日もある。」


ランサーは一度竿を上げ、手際よくエサを付け替えた。そして間髪おかず、
竿を振る。一連の動きはとても滑らかで、その動きが彼の身に染み付いて
いることが良く分かる。きっと朝からこうやって何度もエサを取り替えては
竿を振っているのだろう。


「でも、釣れないんじゃ意味ないわね。」
「………。」


ランサーは答えない。只、口の端が少し上がっていた。


「何よ。」


凛はランサーの態度に、憮然とした口調で答えた。しかし、ランサーは
口を開かず、やはり小さく笑っているだけだった。目ぼしい釣果はなく、
ランサーとはこれ以上会話が続くとも思えなくなった凛は、その場から
立ち去ろうと、座り込んでいた防波堤に手を着いた。

その瞬間、竿を握っていたランサーの片手が離れ、凛の手に重なる。
重みのある手が、凛の冷たくなった手先に熱を伝える。


「…女ってヤツは、せっかちだな。」
「どこがよ。」


ランサーの手の重みと熱で立ち去るタイミングを逸した凛は、仕方がなく
ランサーの会話に付き合うことにした。


「釣りなんて、魚が釣れなくても構わないんだよ。」
「何それ。全然意味わかんないわよ。」


凛は驚き半分、呆れ半分で言い返す。何時間も使って対価が無いことなど、
等価交換上等の魔術師の常識から考えればありえないことだった。しかし、
目の前のサーヴァントはそれでいいと言う。


「そりゃ、釣れるに越したことはないさ。魚との一対一の駆け引きは
 純粋に面白い。それに釣れれば魚食えるしな。」
「そりゃそうでしょ。」
「だけどな…」
「だけど?」


ランサーは海面から視線を上げ、その先にある山や雲ひとつない空を見遣る。
そして、初めて凛の方へ振り返り、目を細めて笑った。


「こんなに美しい世界に身を置けて、世界を感じられるのが楽しい。
 それだけでも、十分幸せだろう?」


凛は、ランサーが見遣ったものへ視線を向ける。秋の柔らかな日差しを受けて、
海面はキラキラと金色の鱗の様に輝いていた。雲一つない空は、この世の中に
同じ色は絶対に無いであろうという、澄んだ水の色をしていた。
凛は瞳を閉じる。視界から景色が入らなくなくっても、この場所が清浄で
穏やかな気配を放つことが分かる。ひとつひとつの生き物から、水から、
柔らかい生気が漂っている。港は開かれた場所だ。だから、外界の新しい
空気と、それらの生気が入り混じって、なんともいえない心地よい気配を
漂わせているのだ。凛は瞳を開ける。そして、ランサーを見つめる。


「…確かに、ちょっとせっかちだったかもしれないわね。」
「だろ?それに…」
「それに?」


凛の手に重ねていた、ランサーの手に力が入る。


「今日はお嬢ちゃんに逢えたんだ。これ以上の幸いを求めるなんて、
 身に過ぎるというもんだ。」
「………バカ。」


凛は一言呟き、そのまま海面を見つめる。秋の柔らかい日差しは相変わらず
海面と、身を寄せて座る二人に等しく降り注いでいるのだった。




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