あかいけもの



獣は、不意に茶色のお耳をぴんと立てる。なにやら微かな物音がしたのだ。
きっと…主が学校から帰ってきたのだろう。主は決して獣を学校へは同伴させてくれなかった。
それがどれだけ危険なことか、彼は必死になって主に説明したのだが、全く聞き入れて
もらえなかったのだ。だから獣は一匹でこのだだっぴろい家の中、さびしく主の帰りを
待っていたのだった。獣ははやる気持ちを抑えて、主の出迎えに向かう。


「凛、遅かったな。」
「…そう?ちょっと商店街で寄り道してたからかしら。」
「む。君には何度忠告すれば分かってもらえるのだ?
 マスターの一人歩きは危ないと常日頃言っているだろう?」
「まっぴるまの人通りの多いところなんだから、
 心配しなくたっていいって何度も言ってるでしょ!!」


主…凛は明らかに不貞腐れた顔をする。凛のご機嫌斜めっぷりに、獣のしっぽはだらりと
垂れ下がってしまった。しかし、獣もここで引く訳にはいかなかった。主の身の安全は、
全てにおいて優先されるべき事柄なのだから。


「必ずしも、昼間に襲われない訳ではないだろう?
 戦いの最中なのだから、最善を尽くせと私は…」
「アーチャー!こうるさい!!!!!」


そう一言言い放つと、凛は包みを獣…アーチャーに投げつけ、応接間から出て行ってしまった。
その場に残されるアーチャー。アーチャーはふと、投げつけられた包みの臭いをくんくん
とかいだ。それは、甘い、とても甘いよいにおいがした。包みを開けると、少し小麦粉のこげた
においと…柔らかく、暖かい湯気がアーチャーの鼻孔をくすぐる。


「…鯛焼きか。」


それは、焼き立てでまだ熱を孕んだ鯛焼きだった。ずっしりと腹にあんこを抱えたほかほかの
鯛焼きはとてもおいしそうだった。アーチャーは鯛焼きの熱を掌でかんじながら、考える。
商店街から、深山の差異奥にある遠坂邸までは結構な距離がある。こんなに暖かい鯛焼きを
持って帰ってきたということは、その道のりを凛は走って帰ってきたのだろう。
それなのに自分は…。アーチャーのお耳としっぽは更にだらりと垂れ下がってしまった。


「アーチャー、そろそろお茶の時間でしょう?」


がたん、と大きな音を立ててドアが開く。制服から紅い私服に着替えた凛が、応接間に
戻ってきたのだった。そして、包みを抱え、その場に立ち竦むアーチャーを凛は見つめた。
茶色のお耳としっぽは見事なまでに、だらりと垂れ下がっていたのであった。
その様を見て、思わず笑みを漏らす凛。そして、凛は笑顔で優しくアーチャーに話しかける。


「アーチャー、私が買ってきた鯛焼きを台無しにする気?
 早くお茶の用意をしなさいよ。」
「ふん…私は君の茶坊主ではないのだがね。」


アーチャーは不貞腐れた顔でお茶の用意をし始める。しかし、そのしっぽがぐるぐる振れて
いたのは言うまでも無いことだった。



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