『愛する者たち。 私たちは、互いに愛し合いましょう。
 愛は神から出ているのです。 愛のある者はみな神から生まれ、
 神を知っています。』(Tヨハネ4:7)



Sin and Punishment(後編)



男は一つ、息を吸い込む。
そして、彼女を感じる。
体温、匂い、その鼓動。

男は一つ、溜息を付く。
そして、視線は彼女に。
嫉妬、侮蔑、あるいは…



「…全く。なかなか帰ってこないと思ったら。何をやっているんだね、凛?」

アーチャーは一つ溜息を付き、ランサーに拘束される凛に問いかける。しかしその口調が気に
入らなかった凛は、ふん、と鼻を鳴らしアーチャーの問いかけを無視した。それゆえに、問われてもいない
ランサーが、瞳に敵意と侮蔑の色を滲ませながらアーチャーの問いに答えたのだった。


「見て分からねぇの?どう見たってこれからイイことしよってヤツだろ?」


そう言い切るとランサーは、これみよがしに凛をむぎゅーっと抱きしめた。凛はランサーを
ドツキ倒したいのは山々だったが、何分力強く抱きしめられているので反撃する余地が無い。
凛が反撃できないのをいいことに、ランサーは凛の頬にすりすりしている。
そんな様子をアーチャーは下唇を噛み締めながら、見ているしか手立てがない。
明らかな殺意は感じなかったが、自分のマスターが他のサーヴァントの腕の中にいるという
緊急事態なのだか。そんな、アーチャーの心のなかを知ってか、知らずか…いや、どちらかと
言うと分かっててわざと…ランサーの行動は次第にエスカレートしていく。


「なんなら、あの野郎の目の前でヤる?」
「ちょ、ちょっと、あんた!何言い出すのよ!!」
「んぁ…俺、結構本気。」


そう小さく凛の耳元でランサーは呟くと、体の拘束を緩め、凛の太腿をゆっくりと撫で回す。
凛はそのランサーの手を瞬時にぴしっと叩いた。が、しかしランサーの手はそんなことなど意に
介さないように、凛の体を弄り続ける。


「やぁ…ん…あんた、本当いい加減にしなさ…いよ!」
「嫌がる割には、声、熱っぽいぜ?」


ランサーは軽く舌を凛の首筋に這わせながら、凛の体温を楽しむ。そして…なんら手段を講じる
事が出来ない赤い弓兵に、優越感と嘲りを込めた視線を送った…のだが。


「…は?……泣いてる?」


唖然を食らったランサーはぽっかり口を開けたまま、アーチャーを見つめる。
そう、アーチャーは泣いていた。一応ランサーに向かって弓を構えたまま…ただし、肩とその
強固な弓を支える腕は細かに震え、瞳には今にも滝のように溢れんばかりの涙。ちょっと
放っておいたら、鼻水も垂れ流さん勢いである。そして、なにかごにょごにょと呟いていた。


「ちょっと!あんた!!何私のアーチャー泣かせてんのよ!!」
「てゆーか俺の所為か!?」


凛はジタバタしながらランサーの腹に肘鉄を食らわせる。あまりに勢い良く凛が動くので、
ランサーは思わず凛の体を強く抱きしめた。そして、その瞬間。アーチャーの中で
アーチャーを縛り付けていた…忍耐と恥じらいの糸がブチリと大きな音を立てて切れたのだった。


「わ、私には…あ、あんなことをさせておいて……足を触らせてくれただけだったのに!」
「は!何言ってんだ、てめーはよ?つーかあんなことって何よ?」
「ぐぁぁ!!!!何言い出すのよアーチャー!!!」
「き、昨日の夜…」
「ちょっ!だぁ!!!だ、黙りなさい!!アーチャー!!!」


何かを告発しようとするアーチャーの唇を、凛はしどろもどろになりながらも令呪の力をもって
して止めた。マスターの理によって口を噤まされたアーチャーは滔々と涙を流しながら、打ち震えて
いる。そして、不意に外套を脱いだ。


「え…」


思わず、言葉を失うランサー。


「だぁ!ドアホゥ!!!」


思わず、アーチャーを罵る凛。


外套を脱いだアーチャーの腕には無数の跡が残っていた。そう…それはどう見ても…


「え、えすえむ!!!!」
「ぎゃー!!何言うのよ!!!んな訳ないでしょ!!」


ランサーは眉根を顰め、凛を見つめる。凛は微かに緩んだランサーの拘束から何とか這い出し、
ランサーを見上げる。そして…凛はランサーの瞳に浮かぶ、一つの思考を見逃さなかった。


「ちょ、ちょっとアンタ。私のこと…へ、変態とか思ってるんじゃ無いでしょうね!?」
「いや…あ…別に。」


ランサーは凛から目を逸らした。明らかに…凛のことを女王様だと確信しているようだった。
少しずつ、少しずつ、凛から体を離している。


「だから、誤解だって言ってるでしょ!」
「あ、別に…お、俺は他人のシュミにとやかく言うような男じゃねぇし。」
「じゃぁなんでアンタちょっとずつ私から、逃げようとしてんのよ!!」


思わず、凛はランサーの束ねた髪を力強く引っ張った。その動作にランサーはびくりと
身を震わした。


「お、俺、痛いの好きじゃないんだ。まぁ…タオルで手足縛られるぐらいなら…」
「誰もアンタがソフトSMオッケーかだなんて、聞いてないわよ!!!」
「うわぁ!やっぱり女王様!!!!」
「ぎゃー!何言ってんのよ!!」


凛が絶叫に近い雄たけびを上げた瞬間、緊迫していた場の雰囲気が変わった。


「あ、あそこです!お巡りさん!!!女の子が変態に捕まって…早く助けてあげて!!」
「何!!!あの青い全身タイツの男かっっっ!!!」


ランサーが振り返ると…そこには、レンタルビデオ店の店員とお巡りさんと…数多くの
野次馬が丁度公園の入り口に到着したところだった。どうやら、凛がランサーにレンタルビデオ
店から連れ去られた直後、通報されていたらしい。まぁ、確かに…女の子がインディーズAVを
もってくるような男に担ぎ上げられ連れ去られたら、警察に通報するのが正しい大人の判断
である。レンタルビデオ屋の店員の顔を見つけたランサーは思わずギリっと歯を噛み締める。
自分が変態でないことを証明しなくてはならない…のだが、状況はますます持って悪い。
タイミングの悪いことに、アーチャーが現れたおかげでランサーは言峰から借りてきた私服から
青い甲冑へ魔力防御を上げてしまった。赤い外套のアーチャーも結構見た目ヤバめだが、
青い全身タイツ風のランサーは完全にアウトである。はっきりいって変質者だ。
ランサーの頭の中に瞬時にいくつかの選択肢が浮かんだ。


@礼節をもって言葉にて説得する。
A皆殺し。
B兎に角逃げる。そして今日のことは忘れる。


@は明らかに面倒くさい。ランサーは即座に却下した。Aは手っ取り早いように思われたが、
累々とうず高く積み上げられる死体の処理を、聖杯戦争の表向きの管理者である言峰に頼まざる
を得ない。ぶっちゃけ、あんなやつに頭を下げるのは嫌だ。


「ちっ…選びようがねぇな。」


ランサーは唾棄せんばかりに舌打ちすると、凛の太腿を軽く撫で上げる。「何すんのよ!」と
怒りのあまり殴りかかろうとする凛が、ランサーの髪を手放した瞬間。最速の動きで跳躍する。


「あああ!?」


凛と野次馬達が思わず、驚愕の声を上げた時には既にランサーは野次馬の群れを飛び越え、
公園の出入り口近くに立っていたのだった。


「まぁ、今回は痛み分けつーことで。またな、お嬢ちゃん。」
「何が痛み分けなのよ!私はアンタと違って変態じゃないっつうのよ!!!」


その凛の罵りの言葉に、ランサーは一つ苦笑をもらした後、再度大きく跳躍する。
一瞬、その素早い動きに驚きを隠せなかったお巡りさん&野次馬達であったが、我に返り
ランサー追跡への声を上げた。そして、苦々しい顔をしながらその場に立ち尽くす凛の右手を
力強く引っ張るものがあった。


「…何よ。アーチャー。」
「何もへったくれもないだろう。今のうちに逃げるぞ。
 これ以上事を大きくしたくはないだろう?」
「分かっているわ。」


凛が溜息交じりに頷くと、アーチャーは凛の右手を引っ張り、公園を後にした。しかし、
急に何かに気が付いたように、アーチャーは凛の右手を手放した。


「…どうしたの?急に?」
「いや……。」


アーチャーは手放した凛の右手をちらちらみながら、言葉を濁す。その態度に我慢がならない
凛は、再度強い口調でアーチャーに言葉を促した。


「だから、何?」
「いや…その…右手はアイツにやってしまったのだろう?」
「ああ…さっきの?……別にあげたつもりは無いけど。そんなに気にするなら、
 こっちはアンタ専用でいいわよ。」


そう言うと、凛は左手をつい、と差し出した。アーチャーは柔らかい笑みを浮かべ、凛の左手
を取る。そしてぎゅっと握り締めた。


「それより、アーチャー。アンタいつから私とランサーの事…覗いてたわけ?」
「…。」
「アンタ、目がいいのがスキルだったわよね。」
「……。」
「あら、私の質問に答えられないの?」
「………。」


アーチャーの体は、ぐんと重くなる。なにやら吐き気と頭痛もしてきた。どうやら、例の令呪が
激しくアーチャーの体を攻め立てているらしい。しかし、アーチャーは押し黙ったまま、
凛のその質問に答えようとはしなかった。


「あら、そう。アンタ、私の言うこと聞けないのね。
 そういうことなら今日もお仕置きするわよ。昨日より、もっとハードなやつ。」
「お仕置き……。」


アーチャーの顔が一瞬苦渋に満ちてゆがむ。しかしポツリともらした言葉の中に、微かに
甘美な響きが混じっていたことは、アーチャー自身も預かり知らぬことであった。


一方その頃。


ウィーーーーン、ガシャ。

ほの暗い部屋の中に、機械音が響く。そこは、言峰の自室。今丁度、一本のビデオを見終わった
ところなのであった。大型のテレビの前に、テーブルと上質のソファ。言峰の趣味が反映した
モダンなソファーの上に、平伏すように倒れこむ男が一人。本来なら、端整の取れた顔から
不敵な笑みを浮かべる男であったが…今は気を失い、口からは泡か嘔吐物か分からない何かを
吐き出している。


「どうしても記憶を取り戻したいと言うから、試してみたのだがな。」


言峰はソファーの倒れこむ男を遠目に見やりながら、ビデオデッキから取り出したビデオを
ケースにしまった。そして、微かに目を細めた。


「どうやら、逆効果だったか。まぁ、それもまた一興。」


言峰がケースにしまったビデオを棚に戻す。そして、その背表紙には…


『スカトロマーボー宅急便Vol.2』


と、手書きで書いてあったのであった…






fin

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