女三人寄れば姦しいなんていいますが、
実際のところ、男が寄ったって姦しいものなんですよ。

…でも立ち聞きは関心しませんよ。
うふふ、本当に君は…いけない人ですね。



猥談(上)



狭い部屋の中で、男三人が雁首そろえてダベっている。
いや、本来はそう狭い部屋ではないのだが、体格の良い男どもがそろって
いるのでやけに狭く感じられるのだ。

部屋の中心では、火鉢を囲んでヒノエと弁慶と譲が何か話し込んでいる。転じて
部屋の片隅に目をやれば、九郎と将臣が小刀で木彫りの置物を作っている
ようだった。騒がしいことを好まない天地の玄武は、この場にはいない。

元々この部屋は九郎が主なのであるが、他の部屋よりも広く、日当たりが
いい為かやけに人が集まってくる。特に今日のような雪が吹雪く日は、
外に出ることも叶わずクサクサした男どもが、誰ともなしやってくるのだ。

そんな吹雪の日は大抵手慰みに、朝から木彫り細工などをしている九郎なの
だったのだが、今朝はその九郎の元に将臣が訪れた。先日九郎の作った熊の
木彫りが大層気に入ったらしく、似たような物を作りたいのでちょっと教えて
欲しいと言ってきたのだった。直情馬鹿一直線と、万事すべてがオッケーで
ラッキーと、正直コンビとして相性が良いようには思えない天地の青龍で
あったが、実はこういう細かいところで非常に仲睦まじかったりするの
だった。

九郎に用事があって部屋を訪れた弁慶だったが、天地の青龍が仲睦まじげに
木彫り細工を作っているので、一段落するまで火鉢にあたって待っている
ことにした。邪魔をするには忍びないほど、二人とも一生懸命に木彫り細工
を作っていたのだ。それから暫くたって、将臣に用事のあって譲が部屋を
訪れた。一瞬、将臣に声をかけようとした譲だったが、将臣がとても真剣
な表情で木彫りに打ち込んでいたので、声をかけるのをやめた。ちなみに
譲の場合、『一生懸命がんばっているから』というよりも、そういう状態
の将臣に声をかけて邪魔をすると『ローキックで足を殺してから、
ニー入れて完全にオトす』ような目に合いかねないという、過去の経験から
声をかけるのを控えたに過ぎない。

仕方なく火鉢に当たりながら、弁慶と差しさわりのない話をし始めた譲だったのだが、
たまたま部屋の前を通りかかったヒノエが、人気につられて顔を出して…
というところで話は冒頭に戻る。


手持ちぶさたな男三人が火鉢の傍に寄っていると、自然と話は下世話な方に
流れていく。邸の下女のあの子がかわいかったなんて話から始まり、
過去の武勇伝へと話が変った。ここに来て断然ヒノエの話に熱がこもる。
十代、ヤりたい盛りの少年二人がそろっているのだから無理もない。
しかし、悲しいかな譲のほうは………。


「あーお前童貞だろ?じゃー話のネタもなさそうだな〜」
「なななななななにを根拠に!ヒノエっ!」
「まぁまぁ、落ち着いて譲君。そんなまだ筆を下ろしてないぐらいで…」
「ってなんで弁慶さんも俺を童貞断定してるんですかっ!!」


手錬の天地の朱雀にかかっては、譲も反論しようがない。というより、
もとより事実なので反論しようがない。苦し紛れに譲は、木彫りに集中
していた九郎に話を振った。


「く、九郎さんはどうなんですかっ!」
「ん…何の話だ?」


急に譲に話を振られて返事をかえしたものの、木彫りに集中していた九郎には
話の流れがつかめない。その様子を見た弁慶が、一瞬部屋の入り口の方を振り
返り…微かに笑って…九郎に助け舟をだした。


「九郎の武勇伝なら、僕が良く知ってますよ。」
「えええ!そうなんですか…でも、九郎さんは自らの手で元服してますよね。
 だからその、夜伽とかは…」
「は?何故夜伽の話になる?」


相変わらず話の流れがつかめない九郎を尻目に、弁慶はにこやかに笑うと、
九郎の武勇伝を話し始めた。


「まぁ、本格的な話は平泉についてからですよね。九郎にはやんごとない
 血が流れてますから。田舎武士の一族になんとしても尊い血を入れようと、
 何処の豪族もこぞって娘を下女に差し出す訳ですよ。そりゃーもー
 よりどりみどりって奴ですよ。」
「そ、そんなのクロウトみたいなもんでしょ!シロート童貞ってことじゃない
 ですか、九郎さんも!!!」
「しろうとどうてい?」


何気なく譲に馬鹿にされていることに気づかない九郎は、耳慣れない言葉に
小首をかしげている。今の今まで木彫りに集中していた将臣が、不意に手を
とめ、その会話に口を挟んだ。


「てか、九郎って望美と付き合ってんだろ?シロート童貞もクソも
 ねえじゃん。」
「なななななな何言ってんだ、将臣!」
「なななななな何言ってんだ、兄さん!」


見事に九郎と譲の声がハモる。その様子を地の朱雀は満面の笑みで見つめている。


「えーだって、こないだ小屋でふたりっきりんとこ踏み込んだじゃん。譲。
 アレ見てヤってないなんて思えるなんて、童貞ドリームだな。ありえねえ。」
「せせせせせせ先輩はそんなイヤらしい人じゃない!!!兄さんの馬鹿ぁ!!」
「ゆ、譲!!何処に行く!!その、あの、俺と望美は…」


童貞であることをはっきりと実の兄に断言された上に、今まで見て見ぬ
振りをしてきた『九郎と望美が付き合っている』という事実を、改めて
たたきつけられた譲は逆上し、火鉢を蹴倒さんばかりの勢いで部屋を出た。
すると、部屋をでたその廊下にはこともあろうか、望美が立っていたのだった。


「あ、先輩…」
「譲、待て!……望美?」
「えーと、あの。その。九郎さんに、櫛になにか彫ってもらおうと思って。
 立ち聞きとかするつもりはなかったんですけど…ごめんなさい!!」


望美は九郎と全く視線を合わせることなく、そこまで言い切ると、踵を
返して全力疾走で自分の部屋の方へ走っていった。そして、そんな
望美の不審な様子に、思わず九郎も後を追って走った。薄ら寒い廊下には、
エネルギーの発散する方向性を見失った譲だけが残されたのだった…


「さてさて、九郎はどうでますかねぇ…」


火鉢に手をかざしながら、地の朱雀…弁慶は満面の笑みを浮かべていた。
そしてその横であきれ果てた顔つきで、天の朱雀…ヒノエが溜息を一つついた。


「は〜。アンタ、望美が廊下にいるの分かっててあんな話振ったんだろ?
 最悪。性根が曲がってんだな。」
「最初にその話を譲君に振ったのはキミでしょう?お互い様という
 ところです。」
「まぁ、正直な話、九郎がしくじって望美と別れてくれてもいいけどね。
 俺が慰めがてら、褥の中でいい夢見させてやるからさ。」
「ふふふ。九郎の後にキミの粗末なもので望美さんは満足できますかね。」
「な!!テメーよくも!!!」
「まぁまぁ、落ち着けって二人とも。いちおー俺のペアと幼馴染のカップル
 なんだからさ〜。もう少し暖かく見守ってやれよ。」
「ふうん。随分とお優しいことじゃないか、将臣。」
「…あいつ、ヒス起こすと結構ウザイんだよな…。」
「なんか言いましたか、将臣君?」
「えーあー別に。」


望美は櫛を右手に跡が残るぐらいぎゅっと握り締めながら、自分の部屋へ
と走ってもどった。先日、無地の櫛を見せたら、椿でも彫ってやろうか
と九郎に言われたので、九郎の部屋へ足を伸ばしたのだ。そして、つい
九郎の武勇伝の話を立ち聞きしてしまった。


「べ、別に…九郎さんに元カノがいないなんて思って無かったけど…」


望美は部屋の戸を閉めることすらせず、床にぺしゃりと座り込むと、ゆっくりと
右手を開き、無地の櫛を見つめて溜息を一つついた。そう、望美だってこの
世界では、元服の時に女の人が添い寝したりする習慣があることを知っていた。
しかし、いざ弁慶のような身近な人からその話を…しかもよりどりみどり掴み取
り放題だったなんて話を聞くと、心が穏やかではない。理解は出来るのだが、
納得がいかないのだ。自分以外の女が九郎に強く抱きしめられ…耳朶を甘噛み
されてたりしたのかと思うと…いや、他の女にはもっと優しくしてやってた
のではなかろうかとか…お前の善がり声だけでイキそうだ…とか言ってたん
じゃないの?…うあーなんかムカつく…


「望美、入るぞ。」


と、望美の思考が最悪の方向へ飛んだ絶妙のタイミングで、九郎が望美の部屋
に入ってきた。九郎の顔を見るなり、望美はぷんと顔を背ける。そんな望美の
様子に困惑しながらも、九郎は望美の前に座り込んだ。


「な、なんだ、望美。」
「別になんでもないです。」
「なんでもって…明らかに怒ってるだろ、お前!」
「そんなことないですー。」


抑揚なく平坦な物言いをする望美の表情からは、怒りの色が明らかだった。
しかし、理由が全く分からない九郎にはどうしていいものやら見当が
つかない。


「その、兎に角、櫛だ。ほら、細工をしてやる約束だったろ?」
「もういいです。無地の櫛どこかいっちゃいましたから。」
「は?お前今右手に握っているのは、その櫛じゃないのか?」
「ちがいますー。」


相変わらずの望美の物言いに、流石に九郎もカチンときた。大体怒っている
理由も全く分からないし、その上この態度だ。思わず九郎は望美の右手に
掴みかかった。


「違うものか、見せろ!!」
「ちがうもん!!!!」


望美も渾身の力で、右手をこじ開けようとする九郎の力に対抗する。
しかし、男女の筋力の差はいかんともしがたい。望美の右手は既に限界に
近づいておりぷるぷると震えていた。このままでは櫛を取られてしまう…
そう思った望美は、右手を一気に九郎の手から引き抜いた。まさかそんな
事をすると思っても見なかった九郎は、引き抜かれた望美の右手を追って
掴みかかり、勢い余って望美を床に押し倒した。


「あ……。」


思わぬ展開で、望美を押し倒してしまった九郎であったが、組み敷いた
望美の表情を見ていたら、先程まで感じていた苛立ちがすうっと収まって
しまった。薄い紅を引いたような愛らしい唇、怒りのあまりうるんで強い
力を点した瞳、そしてぷっくりと膨らましている頬。愛しい人は、怒った
姿ですら愛しいのだな…九郎の思考の中から、既に櫛のことは消えていた。
今は目の前にいる愛しい人を抱きしめたい…慈しみたい…そんな気持ちが
満ちた瞬間。望美の瞳の色がギラっと変った。


「イヤらしいことして、誤魔化そうとしてる!!!」
「痛っっっ!!」


思いっきりガブリと、押し倒していた九郎の手に、望美が噛み付いた。
痛さのあまり九郎が思わず身を浮かせると、その隙をぬって望美は追撃の蹴り
を放った。もれなくクリティカルヒットでその蹴りを食らった九郎は、もの
凄い勢いで望美の部屋から転がり出た。


「もう、九郎さんのことなんて知らない!!!」


そう望美は言い放ち、部屋の戸を乱暴に閉めた。薄ら寒い廊下には、けんも
ほろろにあしらわれた九郎が、ぽつねんと一人座り込んでいたのだった…

薄ら寒い廊下で、九郎は一応望美が怒っている理由を考えてみた。あの時の話
の内容からすると、多分昔の九郎の男女関係が望美の怒りの原因なのだろうと
いうことは察しがついた。しかし、その点に関しては、武士の子弟としたは
極めて常識的な範囲での行いであり、弁慶なんかに比べると清廉そのものだ。
結局、九郎は自分は悪くないという結論に至る。


「…まぁ、俺は間違ったことはしていないと断言できるし、アイツも
 少し落ち着けば分かるだろう。」


しかし、九郎のその判断は甘かった。根本的な問題点を見逃していたのだ。
九郎は確かに悪いことをしていない。悪いことをしていないのにも関わらず、
望美が激怒しているという点にもっと着目すべきだったのだ。

その、理不尽さに。




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