遺書





4月8日 深夜 シャワー室



若宮は熱いシャワーを浴びながら、今日の戦闘結果について考えていた。何とか勝利を収めた
ものの、日増しに戦況は悪くなっている。このところ中型幻獣の中でも、ミノタウロスやスキュラ
など厄介な幻獣の発生が増えていた。そして今日の戦闘でも友軍に少なからず、人的損害が出た。


「クソッ!!」


若宮の舌打ちは、激しいシャワーの音によって打ち消される。そして、若宮は自分の行為を振り返る。
今までだって、こんなことはよくあったはずだ。大陸ではもっとひどい目にあった。それなのに
こうも神経が高ぶるのは…追加で投入した興奮剤の所為か。それとも…。


暗澹たる気持ちでシャワー室から出ると、入り口で新井木がひざを抱えて座って待っていた。
若宮の姿を認めると、ひょいと立ち上がり勢いよく若宮に抱きつく。






「男の癖に、長風呂なんだから!僕、待ち疲れちゃったよ!!」
「お、おい。勇美…体、大丈夫なのか?」


若宮は新井木を軽く受け止め、その顔を心配げに見つめた。そう…今日の戦闘で新井木は
ウォードレスを1体おシャカにしていた。ミノタウロスの生体ミサイルの煽りを食らったのだ。
とっさに遮蔽物に飛び込んだお陰で直撃は免れたのだが、爆風と崩れた建物の残骸に新井木は
しこたま体をぶつけ、失神した。運良くその直後、幻獣側が撤退を始めてくれたので、お陰でなんとか
速水機が新井木を回収し、戦闘終了直後病院に送られたのだった。

しかも、それはすべて戦闘が終わってから善行に聞いた話で、若宮は新井木を助けに行くことさえ
出来なかった。直接幻獣からダメージを受けたわけではなかったので、オペレーターの戦況報告に
反映されなかったのだ。たとえ、反映されていても…両翼に展開するスカウト同士なのだから
助けに行くことなんてできなかったのだが。私心で持ち場を離れれば、その分付近の味方に危険が
及ぶ。それが分からぬ若宮ではない。分からぬわけではないが、新井木がそんな危機に瀕していた
と言う事実が、そしてその事を自分が知らなかったという事実が、若宮の心に暗い影を落としていた。


「ウォードレスのお陰で、打ち身一つ無し!頭の方はかえって良くなったんじゃないの
 って、先生に言われちゃったよ!!」
若宮の気持ちを知ってか知らずか、新井木は両手を広げ、おどけた風に笑って言った。

「そうか、それならいいんだ。じゃぁ…そろそろ家に帰るか。」
「うん。」




手をつなぎ、二人とも無言で家路につく。


やわらかく、小さな新井木の手を握りながら、若宮は新井木のうなじを見ていた。
以前しげしげと見つめたときは…片手で捻っただけでぽっきり折れてしまいそうな首筋だと
思ったものだった。しかし、今は…その首筋に、舌を這わせたいとかそんなことを思うのだ。
我ながら、自分の変化に苦笑いをしてしまいそうになる。一度は自分から拒絶したくせに、
いざこんな関係になると、新井木にメロメロと言うほか表現の仕様がない。

そしてその結果、新井木に対する暖かい感情と、相反する暗い不安と。若宮は今まで味わったことが
無い、不安定な気持ちに対面することが増えていた。戦場では興奮剤でごまかすことが出来たが、
日常生活ではなかなかやり過ごすことが出来なかった。そして、そんな時は…必ず新井木を抱きたい
とい気持ちが強くなった。


しかし、この間のデートの帰りに若宮の家に寄った際、そういう雰囲気になったものの、
新井木に拒絶されてしまった。新井木に拒絶の言葉を吐かれた訳ではなかったのだが、抱きしめた
肌越しに伝わる筋肉の緊張は、明らかに恐怖といった感じだった。嫌がる新井木に無理強いなど、
若宮に出来る訳も無く。結局軽く口づけをして、ただ一晩中髪をなで、抱きしめていただけだった。

それは…若宮にとって、一週間断食させられた上に、目の前のステーキをお預けさせられている
大型犬と同じくらいの試練であった。だが、もし新井木と付き合わなかったら、自分自身にこんな
感情があるなんて、気づきもしなかっただろう。破壊の為に生を受けた自分が、他者を慈しむ
ことが出来る。新井木と一緒にいることで、自分は自分が知らない何か違うものへ生まれ変わって
いけるような気がしていた。



そんなことを若宮が漠然と考えていると、すでにどぶ川べりの道まで来てしまっていた。
ここで、若宮が住むボロアパートと小隊女子寮へ帰る道が分かれるのだった。若宮が、新井木に
別れの言葉を言おうとしたその瞬間、新井木が先制して言葉を発した。



「これから…康光の家にいってもいい?」
「え?これからか?…その…もう遅いし。」


若宮は正直、今日はいつも以上に神経が高ぶっていて、この間のような試練に耐えれる自信が
無かった。だが、新井木を嫌な気持ちさせるのは不本意なので、そうなるシチュエーションを
避けてしまいたかった。しかし、新井木はつないでいた手をきつく握り、若宮の反論を退けた。


「…仕方ないな。お茶一杯飲んだら、帰るんだぞ?」
「…うん。」


心ならずもぶっきらぼうに若宮はそう言った。さすがに襲ってしまいそうだから、帰れなんて
言うことは、若宮には恥かしくて言えなかったのだった。





どぶ川べりの道からほんの5分ほどで、若宮の住むボロアパートに到着する。それは、築年数が
少なく見積もっても50年以上という大変古い木造の2階建アパートだった。ブロック塀の一部は
苔むし、損壊しかかっている。そして、同様に朽ちかけた門柱には「平和荘」という、ご時世には
似ても似つかないアパートの名前が掲げてあるのだった。

腐食が進む金属の階段をこつこつと二人、音を立てて上る。一番奥の部屋の前で若宮は足をとめた。
そして、ドアノブを力一杯捻ると、ギシギシ音を立てながらドアが開いた。
以前新井木が来た時もそうだったように、相変わらず若宮は施錠をしていないようだった。
無用心だと新井木が責めると、このアパートの住人は自分だけだし、こんなところに物取りに
入る奇特なやつはいないと若宮は笑って言ったのだった。


先に若宮が部屋に入り、明かりをつける。その後に新井木が続き、普段は使われる事がない鍵を
静かにしめた。そして靴を脱ぎ、部屋に上がりこむ。


若宮の部屋は、ひどく殺風景だった。六畳一間で一応流しと風呂・トイレも付いているのだが、
大方学校で過ごす若宮はほとんど利用していないようだった。流しの棚に支給品の食料と僅か
ばかりの食器、部屋の中央に小さなちゃぶ台。その奥にせんべい布団。そして鴨居に替えの制服
とジャージが掛けられており、それらのみがこの部屋に人が住んでいることを示す、僅かながらの
証のように思われた。


「ん…もうすぐ切れるのかな。」


明かりをつけてみたものの、どうも調子が悪いらしい。先ほどから若宮は裸電球のソケットの付近
をいじっていた。そして若宮が電球に気を取られている間に、新井木は制服のジャケットを脱ぎ、
若宮の腰に手を回した。


「お、おいっ!!」


思いがけない展開に、動揺する若宮。
若宮の動揺など意にかけず、新井木はその手を腰からゆっくりと首筋に回し、そして今まで
若宮が味わった事の無いような、激しい口づけを交わした。



若宮の思考はクラッシュし、ただひたすらに新井木の求めに応じた。



そして若宮が気が付いたときには既に、若宮は新井木を押し倒し、その上に覆い被さろうとせんばかり
の状態だった。自分の腕の下の新井木の様子をみると、少し涙ぐんでいる。

「あ…すま…」

若宮が謝罪の言葉を述べる前に、新井木がポツリと呟いた。

「怖かった。」
「本当に、すまん。…俺としたことが。」
「そうじゃない。」
「…どうした?」怪訝に思った若宮が問い返す。



「今日、死ぬかと思った。もう二度と、康光にあえないかと思った。」






人間、死に間際になると過去の出来事がまるで走馬灯のように思い出されると言う。
その日新井木は、そんな余裕があるのは年寄りぐらいだと思い知らされることになった。


日々戦況が悪くなっているのは、最前線にいる新井木にもよく分かっていた。しかし、士魂号を
3体保有する5121小隊の戦力は他の小隊に比べて著しく高く、対中型幻獣に対する戦闘力も抜きん出て
いた。それが、新井木に慢心を抱かせたわけではないが、僅かながらの隙を与えたのは事実だった。

その日も大方の幻獣を屠ったあと、最後の1匹残らず殲滅させるために、新井木は少し深追いをして
いた。たしかに、オペレーターが先ほど敵・増援中のアラームを発していたが、増援が到着する
まで今しばらくかかるはずだった。増援が到着する前に、この戦区の幻獣を殲滅してしまえばいい。
そう思って前に出た新井木だったが、思った以上に敵の増援の到着が早かったのだ。


もし自分の小隊の戦力が高いなら、援軍を出すときに早く助けに行くことが出来る。
同様に、もし戦力が高い幻獣の集団がいれば、敵の増援も早く戦場に発生するのだ。


新井木は前日に近隣戦区の敵勢力数の確認を怠っていた。それゆえに、敵の増援の速さを計算に
入れることが出来なかった。気が付いたときにはもう、目の前にミノタウロスが具現化していた。
その憎しみの色を滲ませる赤い目が爍々と輝き、新井木を捕らえる。生体ミサイルの発射姿勢を
とる様が、新井木の目にもスローモーションのように映った。


その瞬間、新井木が思ったことは二つ。


「ああ、もう駄目だ」ということと、「こんなことならあの時」との二つのみだった。
今までのたくさんの思い出やら、どうすれば助かるかなんて全く思考の端にも上らなかった。

ただ、新井木のスカウトとして鍛え上げられた肉体は、その生存本能の赴くがまま適当な行動を
とった。急激に脚部の筋肉を収縮させ、それを一気に膨張させた。新井木の肉体に連動して
人工筋肉も限界点を超えた脚力を生み出す。ミノタウロスの生体ミサイルが着弾するよりも早く、
新井木の肉体は遮蔽物の方へ飛躍した。それはまるで、何も無いところから突風が発生したかの
ようであった。


そこから先、病院のベッドの上で目を覚ますまで新井木の記憶は無かった。運良く無傷で済んだ事、
その代わりにウォードレスが廃棄されたことは付き添ってくれた芝村から聞いた。

「新しい武尊は、明日にでも陳情しておく。」

芝村は新井木を気遣ってそんなことまで言ってくれていた。そして、家まで送るとの芝村の申し出を
丁重に断り、新井木は学校へ向かった。若宮にどうしても会いたかったのだった。



「こんなことならあの時…」


若宮の気持ちを汲んであげればよかった。新井木はそう思っていた。あの時…そう前回の
デートの後、若宮の家に行った時のことだ。

元々、若宮の家に行きたい言い出したのは新井木の方だった。若宮は最初、いろんな理由をつけて
断ろうとしていたが、新井木の「なんか、ヤバイものでも隠してるんでしょ〜!」という疑惑の
眼差しに耐え切れず、仕方なく家に上げてくれたのだった。


「うわー!!本当に、なんも無いんだね!」
「ははは…軍からの支給品以外はほとんど無いな。週給もほとんど食費になってるし。」
若宮は快活に笑う。

テレビや娯楽雑誌や…エロビデオの類も無い。そう新井木が若宮に告げると、

「テレビもデッキもないのに、エロビデオなんて見れないだろう。」
と若宮はさらに笑った。

そうしてひとしきり笑った後、不意に真顔になり、若宮は言ったのだった。

「俺は…お前がいるから、他に、何もいらない。」




狭い六畳一間の部屋で、絡み合う視線。


若宮はそっと新井木の腰に手を回し、自分の方へ新井木の体を引き寄せた。


若宮から直に伝わる、熱い体温と、鼓動。


若宮はごく自然に新井木を抱きかかえると、引きっぱなしになっていた布団の上に新井木を横たわら
せる。そうして優しく、新井木の体に触れた。新井木は無論、抵抗する訳も無く、ただ若宮にされる
がままになっていた。若宮は口づけと愛撫を繰り返し、やがてその手が胸に触れようとしたとき…
新井木は急に体を固くした。




胸。

それは。

新井木のコンプレックスの源。



根本的に、触らなくても見た目で貧乳と分かった上で若宮は付き合っていた。
だから、まぁ、若宮としては大きいに越したことはないが、胸に関してそこまでのこだわりは無い。
そりゃぁ、まぁ、巨乳の方がいいけど、ないもんはしょうがない。そう思っていた。

だが、新井木本人にとっては…ちょっとしたプレッシャーだった。若宮の好みが…原のような
ナイスバディの女性であることを知っていたからだ。自分の体では満足できないのではないか。
そんな疑問が、若宮が胸に触れようとした瞬間、頭の中に電撃のように走った。
その結果、急に体をこわばらせてしまった。

だから、本質的に若宮の欲望を拒絶した訳では全く無かった。しかし、その緊張を若宮はその先の
行為への拒絶と感じてしまった。それは若宮のやさしさ故だった。結局その後若宮は、それ以上
の愛撫をやめ、もう一度軽く口づけした後、一晩中なにもしなかった。ただ、髪を撫でていた
のだった。


その日以来、その夜のことをお互いに話すことが躊躇われて、日々が過ぎた。
そして、今日。新井木は死にそうになって…危うく人生の末期を迎えそうになって、その事を
著しく後悔したのだった。もっと正直に自分の思いを伝えればよかったと。





「だから、今、生きてるうちに、一秒でも長く康光と一緒にいたい。
 心も、体も、全部欲しい。」


そう言うと新井木は若宮の左手を取り、多目的結晶を剥き出しにする。そして、若宮が抵抗する
前に自分の多目的結晶と重ね合わせる。若宮が強く手を引き剥がしたので、お互いの多目的結晶が
触れ合ったのは、僅か1秒か2秒と言ったところだっただろうか。


それでも、お互いに今一番強く思っている感情が…分かってしまった。


若宮は赤面する。
新井木も頬を赤らめたが、そういう結果になることは先刻承知の上での行為だったから、
仕方がないと思っていた。


「本当に…いいのか?」
「ん…僕の気持ち、分かってるでしょ?」
「…夢、みたいだ。」
「僕もだよ。だから…早く…ん…」


若宮は、新井木の言葉を自分の唇でふさいだ。




服を脱がせるのももどかしく。

恥かしがる体を開かせる。

痛みを捧げて。

快感を分け合う。

狂おしいほど、ひたすらに。

お互いを満たしあう。



ああ…愛してる。


ただ、それだけ。





何度も行為を繰り返し、新井木の顔に疲れが見えたところで、若宮は新井木の体を手放した。
新井木は不服そうだったが、まさか朝までする訳にはいかないだろうと説得し、自分の布団を
ひいてやり、寝かせたのだった。戦闘の疲れとあいまって、新井木はすぐに眠りについた。
布団の中から小さな寝息が聞こえてくる。

その小さな寝息を聞きながら、若宮は今までにない充実感を感じていた。若宮は…素直に
新井木の一番最初の男になれたことを喜んでいた。それは、きっと一番最後の男になってやる
ことは絶対に出来ないことが分かっていたからだった。



新井木は、まだ13歳だ。これからいろんな人と出会い、美しい女性として成長していくだろう。
…この戦争にさえ、生き残れれば。だから、俺は新井木のためこれからの命のすべてを尽くそう。
そう、決めたんだ。



若宮は、戦争を維持するための備品だった。それ以外に存在意義は無かった。
若宮自身、そのことになんら疑いを持っていなかった。どこかの誰かの為に、戦って死ぬ。
それが当たり前のことだった。駒として自分が死んでいくことを肯定していた。
だが、若宮は…自分の力で自身の存在意義をつかんだのだった。自分は、新井木の為にあると。
どこかの誰かのためではなく、新井木の為に戦うと。



そう決心した若宮は、その決意を表すべく、遺書を書いた。



本来、備品である若宮には、遺書を書く権利がない。当然、渡す相手がいないからだ。
かつて士官学校で教育係をやっていたころ、ある男にその話をしたことがあった。
その男は、若宮が何人か担当した予備少尉のなかでも一風変わった男で…
渡す相手がいないなら、渡す相手が出来たときに書けばいいんじゃないですか、と言い切った。

その言葉に何か引っかかりを感じた若宮が、さらに何を書いていいか皆目見当がつかない
と言うと、ご丁寧にも自分の所持品の英詩集の1ページを切り取って手渡してくれたのだった。

「それは、かの国で戦争に行った若者が、親御さんに遺書として残した詩だそうですよ。」

そう言うと、掻い摘んでその英詩の訳を教えてくれた。
その詩は、若宮の心に、えも言われぬ感動を与えた。だからそのもらった紙切れを後生大事に
肌身離さずもっていたのだった。その所為で、紙は磨り減り、ところどころインクが読みにくく
なっていた。


それでも、若宮は文字を間違えないように、一字一句丁寧に書き写す。
若宮は、軍から与えられたもの以外、何一つもっていなかった。
だが、この英詩と、今そこで安らかな寝息を立てる新井木は別だった。
そして、新井木に宛てた遺書を書く、自分自身が…すでに軍の備品の域を越えているだろう。


そう考えると、ふと笑みがこぼれる。遺書を書く行為自体が、なんだか嬉しいのだ。
それはまともな思考じゃないような気がしたが、それでもなんだか嬉しくって幸せな気がしてくる
のを止めることが出来なかった。自分自身が、備品ではない何かに一歩一歩変化している、
そんな実感があった。

若宮は遺書を書き上げると、制服の内ポケットにしまった。明日、善行に渡そうと決めたのだった。
問題は、善行が若宮の遺書を受け取ってくれるかどうかだったのだが、その点について若宮は
たいした心配をしていなかった。

「渡す相手が出来たときに書けばいいと言った当人が、受取拒否はしないだろう。」

そう若宮は呟くと、新井木を起こさないようにそっと布団の中に忍び込んだ。
いつもは冷たいせんべい布団が、新井木の体温で丁度いい温さになっている。



新井木の体温を感じながら、若宮は眠りに落ちた。これ以上ない、満面の笑みで。



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