バレンタイン大作戦A



2月14日 夕方


ガンパレード状態の5121小隊女子隊員たちが、本命チョコや義理クッキーを配り終わったころ。
原司令は最期の任務を完了すべく、とある場所へ向かっていた。


「善行、いる?」


日もかげり、薄暗い小隊長室の奥の席で、善行は事務ワークをこなしていた。
相も変わらず未決済箱の中には大量の書類がたまっている。世の中は割りに平和になったようだが、
この男はその恩恵にあずかっていないらしい。顔を上げずに、「いますよ。」と一言だけ返事をして
仕事に没頭する。原はそんな善行の様子を見て、一瞬不愉快に思ったが、それはおくびにも出さず善行の机へ
歩みよった。そして机のまん前に立つ。そんな原の気配を感じてようやく善行は顔を上げた。

原は美しい薔薇のような唇で、上等の笑みを浮かべながら善行の前に小さな箱をおいた。

「はい、チョコレートよ。」
「ああ。ありがとうございます。」

そう、また一言だけ返事をして仕事に再没する善行。さすがの原もカチンときた。
「本当、あなたってつまらない男ね!!」怒気をこめて善行に言い放つ。
その声に善行も手を止め、苛立つ原の顔を見つめる。そしておもむろに一つ質問した。

「お返しは3倍返しでいいですか?それとも換金性商品がいいですか?」
「!!!!?」

面食らう原。そんな原の様子を見て、善行はニヤリと笑う。





善行が、その情報…原と加藤の密談をつかんだのは偶然の産物だった。

電子妖精を使って、国家秘密の類に探りを入れていたのが丁度一週間ほど前。善行の優秀な妖精たち
は国家秘密を探り出してきた上に、なんと自分の小隊の不審な動きまで察知してきたのだ。
その後追加で探りをいれ、バレンタイン大作戦(本命には愛を・どうでもいいやつにも義理を!
両面作戦)の本当の狙いが…原と加藤によるバレンタイン金融大作戦だった事を知ったのだ。






「バレンタイン金融???そんなおいしい話あるわけないやん〜!!!」
「うふふ。そんなこと無いわよ。前の学校でもためし済みだから。
 1ヶ月まてば、少なくても3倍…5倍程度のリターンを得た子もいたんだから。」
そう言うと原はにっこりと笑った。あまりの原の自信ありげな姿に心がゆれる加藤。

「バレンタイン金融…」加藤は再度、口に出してみる。

さびしげな男子を狙い、わざと義理とも本命とも付かないビミョーなチョコレートを渡し、
ホワイトデーに3倍返しをさせて金品を回収するという商法。上手く誘導して換金性商品でも
プレゼントさせた暁には相当儲かるらしい。しかし…人の心をそんなもてあそんでええんかいな…

加藤の心のゆれを見透かすように、原は言葉を続ける。

「もてない男の子が1ヶ月も楽しい思いをするのよ。とっても素敵じゃない。
 そういうやさしさもあると思うし。…それに女の子だってそれなりのリスクを背負うのよ。
 たーまーに泥沼っちゃうときもあるし…だから男も女もリスクはフィフティフィフティ。
 恋愛ゲームを楽しまなくっちゃ。」
「そ、そうか〜」

なんかよく分からない原の説明(ゴリ押し)に納得しかける加藤。それに止めを刺すように
原は一言付け加えた。

「それに最近、残業代もでなくって加藤さんタダ働きでしょ?ちょっとぐらいお小遣いを
 稼いだところで、神様も怒らないと思うのよね。」
そういって、原はこれ以上ないくらいの可愛らしい笑顔を見せた。

「いひひひひ…原先輩もなかなかの悪ですなぁ!」
「うふふふふ。加藤さん、悪い扱いはしないから。良きに計らってちょうだいね。」



その密談の結果、加藤はバレンタイン(金融)大作戦のための物資調達に暗躍した。
そんな加藤の不審な動きを電子妖精たちは捉え、善行は追加で探りを入れたのだ。



「あ、あなた!そんなことのために電子妖精はなったの?呆れてものが言えないわ!!」
「ははは。まさか、私もそんなに暇じゃありませんよ。追加で使ったのは自動情報収集セルです。」
「って!やってる事変わらないじゃない!!!」

逆切れする原を見ながら、善行は自分の歪んでいる心を呪っていた。
本当は、バレンタイン大作戦の情報をつかんでくるなんて思っていなかったのだ。
電子妖精が加藤の不審な動きを捉えた際、善行は真っ先に加藤の小隊備品の横流しを疑った。
だからわざわざ自動情報収集セルを使ってまでして探りを入れたのだ。


そう、私はそういう風にしか物が考えられない歪んだ人間。そして…あなたも。


「本当に根性捻じ曲がってるわね!!」
「それはお互い様でしょう。バレンタイン金融に引っかかった滝川君あたりが、
 捨てられたあとに世を儚んでミノタウルスに突撃☆なーんてしたら目も当てられませんから。
 ある程度のコントロールが必要なんですよ。万が一本当に誰か死ぬようなことになったら…」
「…。」
「それじゃぁ、あなたの本意じゃないでしょう?」
「…私は…」
「バレンタイン金融も、加藤さんに物資を調達させる為のブラフでしょう?違いますか?」

そう言うと善行は小箱の包みを開き、中のチョコレートをつまんだ。一つ口に放り込む。
薄いチョコの皮膜が溶け破れ、中から芳醇な味わいのウィスキーが流れ出した。
相当良い材料を使っている。これだけのものを調達するのは大変だった事だろう。
そして、先ほど善行に届けられた義理クッキーもなかなかのものだった。和菓子党の善行を
慮って、わざわざおまけに小梅の形に模した落雁をつけてくれていた。きっと他の男子たちにも
各々の趣向にあったおまけをつけて義理クッキーを渡したのだろう。


こんなの、義理なんかじゃない。須らく、等しく与えられる、愛。


「私は…私はもうこれ以上、私の…仲間が傷付くのが嫌なの。」

確かに戦争は終結に向かっている。幻獣の発生も随分落ち着いてきた。平和なんだと、人は言う。
だが、決定的な戦力をもつ5121小隊は幻獣が発生すれば必ず召集された。
そして士魂号が、パイロットが、スカウトが…当たり前のように死の面前に立たされる。
整備主任の自分はそんな彼ら・彼女らを黙って送り出すしか手立てがないのだ。

「だから私は…生きて私たちの砦に戻ってきてくれるよう、生にしがみつく、何かを与えて
 あげたかった。」
そう言うと原はまっすぐ善行を見つめた。

「本当にあなたは…歪んでいて、純情で、回りくどくて、優しくて。」
「それ、褒めているの?貶しているの?」
「…両方です。」
「もう!本当にあなたって人は!!チョコレートあげて損したわ!今すぐ残り返して!!」

原はさっと小箱を取り上げ、最後の一つを口に放り込む。

「ちょ、ちょっと!!一度あげたチョコレートを取り上げるなんて酷過ぎやしませんか?」
「うふふふ。取り返せるものなら、取り返してみなさいよ。」
原は小さく口をあけ、中のチョコレートを見せびらかした。

原の体温で緩やかに溶ける、チョコレート。そして暖められたウィスキーの香り。
今感じるこの火照りは、先ほど口にしたチョコレートのウィスキーの所為か。それとも…




「…では、遠慮なく。」



しばしの逡巡の後、善行は『歪んでいて、純情で、回りくどくて、優しい』聖バレンティヌスの
施しを受け取ることにした。


熱く、激しい施しを。



next

go to novel

go to home