せんべいSS 文若編



「どうだ、花。今日の茶は口に合うか?」
「はい、爽やかな香りがして、おいしいです」


執務室の奥に設えられた小部屋で、文若と花が二人で茶を嗜んでいる。
花がこちらの世界に残ると決めて以来、文若はどんなに忙しくても茶を嗜む時間を作るのが
習いとなっており、本日も飛び切りの茶葉と花好みの菓子を用意して、花を持て成しているところだった。


「あーでも、久々に緑茶が飲みたい気もします」
「緑茶……とは?」


花の口から発せられた、聞き覚えのない茶の名前に、文若が首をかしげた。
すると、花は小さく笑って文若の問いに答える。


「私のもといた国にあるお茶の名前で、こちらのお茶とは違って、発酵させずに作ったお茶なんです。
 だから、今飲んでいるような黄金色の茶ではなく、綺麗な緑色の茶になります」
「緑色……だから、緑茶か」
「はい。あーでも緑茶飲むなら、サラダせんべいも食べたいかも」
「さら…だ?」
「ああ、こちらにはおせんべいもありませんもんね。サラダせんべいっていうのは、
 私のもといた国あるお菓子の名前です。炊いた米をすり潰して平らにして、
 焼いたものをせいべいって言うんですけど、サラダ味はさらに油で揚げて塩がまぶしてあります。
 さくさくしていて、おいしいんですよ。よく家族で食べました」
「……そうか」
「でも、今日文若さんが用意してくれた、お餅もおいしいです。中の餡は木の実をすり潰してあるやつですよね?」
「ああ、そうだ。前にお前が、木の実が入っている菓子を気に入っていたようだったからな」
「え、覚えていてくれたんですか?すごく、うれしいです!」


菓子を頬張りながら、満面の笑みで答える花の様子に、文若は目を細めると僅かに頬をほころばせた。


数日後。


「あ、そろそろお茶の時間かな。文若さん、今日はどんなお菓子を用意してるのかな?」


書簡を運ぶ仕事を終え、休憩に入ることにした花は執務室の奥の小部屋に足を向けた。
今日の文若は、朝議を終えた後から忙しく、まだ執務室には戻ってきていていない。
花は一足先に小部屋に向かうと、既に用意されていた茶器と菓子に目をやった。

すると、菓子皿の上に見慣れない菓子が盛られていた。油で揚げた菓子のようだが、
今まで見たことがない菓子だ。しいて言えば、小ぶりのカレーパンのような見た目だが、
大きさの割にみっちりとした重量感とギトギトとした油っぽさを醸し出している。


「……うーん。正直、今日のお菓子は外れっぽい」
「どうかしたか、花」
「あ、文若さん!」


背後から聞こえた声に花が振り返ると、仕事を終えた文若が戻ってきたところだった。
文若は花と顔と、机の上に用意されていた菓子皿の中身を交互に見比べる。


「――せんべいを作らせて見たのだが、気に入らなかったか?」
「こ、これ、おせんべいだったんですか?」
「ふむ……お前の様子を見る限り、どうやら失敗だったようだな」
「失敗って言うか、全然違う感じです。でも……なんで、おせんべいなんかを?」
「ああ」


文若は花に椅子を勧めると、自身も椅子に腰をかけた。そして、自称せんべいをつつきながら、目を細める。

「お前が寂しがっているようだったからな。もとの世界の食べ物を口にしたいと思うほどに。
お前をこちらの世界に留めたの私だ。ならば、お前の寂しさの原因は私と言って差し支えないだろう。
故に……その寂しさを少しでも紛らわせてやれればと思ったのだが」
「文若さん……」


そう呟いたきり、花は俯いて黙り込んだ。そんな花の様子を見た文若は、僅かに眉を潜めてため息をつく。


「すまなかったな、花。余計寂しくさせてしまったか?」
「そうじゃなくって、うれしいんです」
「……花?」


花はゆっくりと顔を上げると、文若を見つめる。僅かに潤んだ瞳で……真っ直ぐに。


「文若さんがすごく仕事が忙しいのに、私のためにお茶の時間を作ってくれることだけでも、
 うれしかったんです。それなのに……そんな風に、私のこと考えてくれてるって思ったら、
 胸がいっぱいになっちゃいました。うれしすぎて……私……私……」
「はぁ……うれしいと言いながら、泣き出すやつがあるか」

潤んだ瞳から、大粒の涙が零れ落ちる。
文若はそっと花の涙を拭ってやると、花の身を引き寄せ、抱きしめたのだった。