わが君はそう言う星の元にお生まれでいらっしゃるのです。
故に、それは……謂わば。



「宿命」



「ちっ……本気で俺、呪われてんじゃねーのか」

とあるの寝室の片隅で、ため息混じりの呟きが聞こえてくる。呟きの主は孫仲謀。
新郎にして、未だに新妻と同衾する事ができない不幸な運命の持ち主だ。

事の始まりは、まだ婚儀をあげる前の事。二人っきりで話が……と、話しかけられた仲謀は、
彼女をのこのこと自室へ招き入れた。男と女、しかもそれなりに気があるもの同士、二人っきりでと
いわれてば勿論わりない仲になるのだろうと期待に胸を膨らませていたら、本当に用件は『話』だけだった。


『クソ、なんなんだよ!』


そう思ったのもつかの間、今度は彼女が敵方に渡った。正確に言うと、元の場所に戻っただけだったのだが、
思いっきり仲謀は置いていかれた。無論客観的に見ればそうせざるをえない状況だったのだろうが、
それにしても仲謀のみを選ぶという選択肢は端からなかったのだろうか。


『そんなに玄徳のところがいいのかよ!!』


とまぁ、紆余曲折数多の後、彼女は最終的に仲謀の手を取った。仲謀にしてみれば極当たり前の選択だと
思うのだが(何せ、仲謀は天下を三分する君主の内の一人だ。そんな仲謀より恵まれた嫁ぎ先などそうそうないし、
第一仲謀以上に彼女を愛しむ者がこの世に存在するとは思えない)、彼女にとってはいろいろ悩ましい選択
だったらしい。今でもたまに、元の世界を懐かしむ眼差しを見せ、その度に仲謀は一抹の不安を抱いてしまうのだ。
例え、花にその気がなくても例の本が……花の望郷の念を感じ取って、元の世界に彼女を連れ去ってしまうのでは
なかろうかと。それほどまでに、仲謀は花に惚れていた。

悲しいかな、人の世は常に弱肉強食。弱き者が強き者に挫かれるのが習いだ。惚れた弱みで、仲謀はこのようにして、
いつもいつも彼女に振り回されていた。婚儀を挙げれば、心も体も自分のものにしていいと約した筈なのに、
婚儀を挙げて早数日。仲謀の寝室に彼女は一向に渡ってこない。

それにはさすがの仲謀も痺れを切らし、とうとう彼女の……花の寝室に忍び込んだのがつい先ほどのこと。
静かに寝台に忍び寄れば、愛しい花が床についていた……のだが。覗き込んだ花の額には、珠のような汗が
浮かんでおり、そっとその場所に触れてみれば、まるで大なべで茹ででもしたかのような熱をもっていたのであった。


「花、花っ!!」
「ちゅーぼー…。……」
「おい、大丈夫か!?」
「……」


思わず花に声をかけた仲謀であったが、花から返事はなく、ただ熱のこもった浅い息を繰り返している。
焦った仲謀は、自分が花の寝室に忍び込んでいた事もすっかり忘れて、医者を呼んだ。やってきた医者は、
焦る仲謀の様子に、にやにやと笑みを浮かべつつ、花を診断する。どうやら、花は風邪をひいているらしい。
薬を飲んで一晩休めば熱も下がると医者が太鼓判を押すと、仲謀はさっさと医者を下がらせ、自ら薬を飲ませた。
今宵一晩、花の傍を離れぬと決めたのだ。

それから仲謀は、花が汗をかけば甲斐甲斐しく額を拭い、うわごとのように喉が渇いたと花がいえば水差しから
水をくんで飲ませてやった。苦しそうに息を繰り返す花の為に、衣の袷を少し緩めてやる。本当は……もう少し緩めて、
花の柔肌を見てみたいという気持ちもあったのだが、そこはぐっとこらえて我慢した。そうこうして暫く看病をしていると、
薬が効いてきたのか、花からはすやすやと心地よい寝息が聞こえてきた。そんな花の様子に、仲謀はほっと胸を撫で
下ろし……結局本日も本願達せずという結末に、思わず舌打ちをもらして話は冒頭へ戻る。


「まったくなんで俺がこんな目に……」


恨みがましい眼差しで花を見つめるも、視線の先に居る花は既に夢の世界にまどろんでいる。その寝顔は、かつて違う時代に
飛ばされた時と変らず……まるで安心しきった幼子のようだ。かつてと違わぬ寝顔を見せる花の様子に、仲謀は僅かに
口の端をあげた。そしてゆっくりと、花の頭を撫でる。

花の頭を撫でながら、仲謀は一人思うのだ。きっと、どれだけ時が過ぎようとも、花以上に好きになる女など現れないのだろうと。
花よりもっと見目美しい女や、芸事に秀でている女を探そうと思えば、幾人も現れるかもしれない。

だが、例えどんなに花より秀でていたとしても、仲謀にとっては意味が無かった。仲謀に寄り添い、共に道を歩み、
同じ未来を夢見る事が出来る女は、花ただ一人だ。故に、死が二人を分かつまで……否、たとえ死が二人を分かつとも。
仲謀の心は花へ還り、花の心も仲謀へ還る。肉体を失ったとしても、心から寄り添える。そう、確信できた。

だから、仲謀は待てるのだ。たとえ……新郎なのに新婦にこんなにまでシカトされていたとしても。仲謀は花の直ぐ傍に
寝そべると、花の頬に唇を寄せ、淡い口付けを落とす。


「これぐらいしても……バチはあたんねーだろ?」

 その言葉を最後に、仲謀は花に身を寄り添わせて眠りについたのだった……が、翌朝目を覚ました(もちろん一晩中、
仲謀が甲斐甲斐しく介抱してくれた事など何一つ覚えていない)花が、自分の衣の胸元が緩められているのに気がつき……
怒った花にぼっこぼこにされる事など、今の仲謀はまだ、知らない。