せんべいSS 公瑾編



「はあ……ねむ……
でも、なんとかいける、かも」


ふぁあと大きく口を開けて、あくびを漏らす娘が一人。厨房の片隅で試行錯誤すること一昼夜。
懇親の力を込めて婚家に持参する菓子を作っていたのは……花、その人だった。

元をたどれば、話は数日前に遡る。公瑾に引き止められてこちらの世界に留まったものの、
呉における花の立場はあやふやなものであった。公瑾の恋人……といえば聞こえはいいが、
夫人とも妾とも言い難い微妙な立場。

とっとと婚儀挙げればいいだろ!と仲謀には言われていたものの、公瑾がずるずると先延ばしにしていたのだ。
花としては「責任を取れ」と散々言われていたものだったから、直ぐにでもそういうことになるのかと
思っていたのだが、ちょっと肩透かしを食った形になっていた。しかし、さすがに周りからせっつかれたのか、
公瑾がようやっと重い腰を上げた。


「花、まず基本的なことを確認しますが、機織はできますよね?」
「うーん、裁縫ぐらいならできますけど、機織はちょっと」
「……詩歌を読んだり、楽器を弾いたりは」
「やったことありません」
「…………。それならば、寧ろ、何ならできますか?貴女の得意なことを教えてください」
「りんごの皮むき、とか?」
「………………」


公瑾の沈黙が肌に突き刺さるようで痛い。そんな痛みに耐えながら、花が公瑾の様子を窺うと、
一拍おいて公瑾は深い深いため息をついた。


「もう少し、なんとかなりませんか。近々実家の母を訪ねようと思っていたのですが、
 それでは貴女を紹介しようがない」
「す、すみません。……。あーー、そう言えば」
「そう言えばなんですか?」
「私、おせんべい作れます!去年文化祭の出店で手焼きせんべい屋さんやったんです!」
「せん、べい……ですか?」
「えーっと、私の世界のお菓子の名前です。おせんべいなら、この世界の材料でも作れるし、
 きっと珍しいから喜んでもらえると思います!!」
「はあ……貴女がそこまでいうなら、それにしましょう。実家に行く日取りを決めますから、
 貴女はその菓子とやらの準備をお願いします」


そんなこんなで、花はせんべいを作り始めたのだが、何分去年の記憶はあいまいで試行錯誤が続いた。
そして、とうとう公瑾の実家に行く前日……つまり、本日に至る。だが、なんとか試作を繰り返し、
花が納得できる一品が仕上がった。しっかり焼き上げたせんべいの上に、砂糖がコーティングされている。
砂糖せんべい。塩気と甘みの絶妙なバランスがなんともいえない、花の大好物のうちの一つだった。


「公瑾さんのお母さんも、気に入ってくれるといいなあ……。……」


花は少しばかり緩んだ顔で、そんなことを呟き……そして、そのまま、うとうとと眠りの世界に引き込まれて
いったのだった。


一方その頃。


「……全く、花はどこへ行ってしまったのですか。明日着る衣装を合わせるから、
 部屋にいてくださいと頼んだというのに」


口元に淡い笑みを浮かべながらも、苛立たしげな言葉を吐きながら、公瑾が花の部屋から退出した。
衣装を持って花の部屋を訪れたものの、肝心の花その人がいなかったのだ。機嫌の悪さを表すような、
あわただしい足取りで公瑾の足は一直線で厨房に向かった。ここ数日、花が厨房にこもりっきりなのは
公瑾も聞き及んでいるところだった。


「花……まだせんべいを作っているのですか?花……花っ!?」

怒りに任せて勢いよく厨房に入った公瑾だったが、卓の上にうつぶせて倒れている花の姿を見て顔色が変わった。
直ぐそばに駆け寄ると、急いで花を抱き上げる。


「花、大丈夫ですかっ!花っっ!!」
「すーーすーーーー」
「……熟睡、してますね。……全くなんと人騒がせな」


安堵と怒りがない交ぜになったため息を一つもらすと、公瑾は抱き上げた花の頭を一つゆっくりと撫でた。
公瑾の母への手土産を作るために花が必死になっていたことは、公瑾とてよくわかっていた。
その気持ちはうれしいと思う反面、あまり無理をさせたくないと思う心が公瑾にはあったのだ。
故に、公瑾は婚儀の話を先延ばしにしていた。

花は異界から来た娘で、何一つこちらの世界の常識がない。それは戦場では好転することもあろうが、
婚家に入る時には寧ろ枷になることだろう。そのため、少しでも花が不自由しないよう、親戚の懐柔から
花にやらせる習い事まで段取りをつけていたのだが、あまりにも周りにせっつかれ、公瑾は動かざるを
得なくなってしまった。


「本当に、貴女といると、腹立たしいことばかりです。何一つ思うようにいかない気にさえなってくる」


公瑾は苦笑交じりに、抱きしめていた花をゆっくりと卓の上へ戻した。無理に起こすより、
もう少し寝かせてやったほうが花にとってよさそうだと判断したのだ。そして、公瑾は花が徹夜で作った
せんべいに目をやった。


「ほう、これがせんべい、ですか。一つぐらい、味見しても大丈夫ですかね」


公瑾はそう呟くと、砂糖せんべいを一つ口にした。サクりとよい歯ごたえとともに、塩味と甘みが同時に公瑾の口の中に広がる。


「これは、少し複雑な味ですね。しかし……なんだか、癖になる」


公瑾はそんなことを言いながら、結局せんべいを完食してしまった。
そして、もう一枚手を伸ばそうとして、やめた。


「これ以上食べては、貴女に怒られてしまいますね。しかし、このせんべいとやらは貴女によく似ている。
塩辛いくせに、甘くて。癖になって……気がつけば、手放せなくなってしまいそうだ」

公瑾は口元に淡い笑みを浮かべながらそう呟くと、そっと花の頭を撫でるのだった。