いけ好かねぇ。
もう、何度言ったかわからねぇ。
Geis(前編)
大体、最初から気に食わない事ばかりだった。
マスターが男。
しかも、なんか変な味がする魔力送ってくるし。
挙句、光の神ルフの息子であるこの俺様に斥候(と書いて使いっぱしりと読む)を命じやがった。
その上、今日は…
「ランサー、悪いが泰山までいってマーボー豆腐を取ってきてくれないか?」
…いけ好かねぇ。ほんとーっにいけ好かねぇ。
「悪いと思うなら頼むな。」と、即答するランサー。そんなランサーに向かって、慇懃な口調
で同意を示した言峰であったが、そんな返答は先刻承知。
「ここは泰山のデリバリーエリアから外れていてな…店に食べに行くか、
予約注文をして取りに行くしか方法がないのだ。行ってくれるな?」
と、令呪を見せるつもりはなかったが、結果論的に見えちゃいましたか?なーんて、嫌らしい
感じでちらりと令呪を見せる言峰。
「んなくだらねぇことに、使うなよ!」
ランサーはそう吐き捨てると、渋々出かける用意を始めた。流石にマーボーを取りに行くなら
実体化していないと拙い。かと言って紺碧の甲冑に槍なんぞもっていたら、商店街が大騒ぎに
なってしまう。仕方なく言峰のクローゼットを漁り、細身の黒いパンツとざっくりとした肌合い
のTシャツを身に着けた。
「ああ、本当に…もう。」
いけ好かない、と言う言葉は溜息に押し流された。そんなランサーに向かって、言峰は更に
追い討ちを掛ける。
「あったかいうちに持って帰ってくるんだぞ!」
「…。」
もう、返す言葉も無いランサーだった。
遠坂凛は、その日、在り得ないものを見た。
ランサーである。
…ランサーを見た事自体は問題ではない。聖杯戦争の最中、サーヴァントの一人や二人、
私服で巷を徘徊していてもなんら不思議ではない。では問題は何かというと…
ランサーが、岡持を持っているのである。岡持とは例のアレだ、中華料理店が出前を配達
するときに、商品の保温のため利用する桶のことだ。…宝具じゃないよね?と自問する凛。
ランサーは、その日、会いたくない人に会った。
遠坂凛である。
…遠坂凛に会った事自体は問題ではない。寧ろ僥倖だ。いい女に出会う事、それはランサーに
とって至福の喜びである。最終的には殺さなくてはならない女だったとしても、いい女は無条件に、
いい。ランサーはそういう思考の持ち主である。では問題は何かというと…
自分が、岡持を持っているのである。明らかに凛は自分に疑惑の眼差しを送っている。
名誉の為に生き、名誉の為に死んだ騎士が岡持をもっている。この不測の事態。ランサーはどうにか
この事態を説明しようと凛に声を掛けた。
「あの…」
「えっと…」
二人同時にハモる声。
凛は、ランサーが持つ岡持をよく見てみた。正面のふたにデカデカと『泰山』と書かれている。
あんな流行らない店の出前をしているなんて…ランサーって…。
「そんなに、生活に困ってるんだ…大変だね、ランサーも。」
凛はしんみりとランサーに声を掛けてやった。凛も宝石の購入などやったらめったら金のかかる
遠坂の魔術のため結構な金欠生活を送っていたのだった。
「んなわけねーだろっ!!!」と、即答するランサー。
「じゃぁ、なんなのよ?それ!」と、ふてくされて質問する凛。
「んあーマーボーだよ。マスターが取りに行けってうるさくてよ。
しっかし、よくこんなもん食えるよなぁ…俺だったら二度と食わない。」
「ふーん…ランサーも泰山のマーボ、食べた事あるんだ…」
せっかく金欠同士優しい声を掛けてあげたのに、さっきのランサーの返事の仕方はちょっと気に
食わなかった。そー言えばこいつ真名クーフーリンだったわよね…そう思い出し、凛はほくそ笑む。
ちょっとした姦計を思いついたのだった。
「まぁ、せっかくこんなところで会ったのも何かの縁だし、食事でもしない?泰山で。」
「あんなもん、食えるか!!!!!!」
と、また即答するランサー。そんなランサーに向かって、慇懃な口調で同意を示す凛であったが、
そんな返答は先刻承知。
「そうね。でもランサー、ゲッシュ破っていいの?」
と、これ以上はない、満面の美しい笑顔で凛はランサーに質問した。
「う。」
そう、ランサーこと、クーフーリンには絶対守らなければならない誓約がある。
一つ目は、自分の名前の由来である、犬を食べてはならないということ。そして二つ目が…
自分より身分の低いものからの食事の誘いを断らないということだった。凛とランサー、つまり
しがない魔術師とケルト神話の英雄の上下関係などいまさら言うに及ばず。
ランサーは泰山に行かざるを得なかった。
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