人の欲望の根元は、喪失したもの、
『ない』ものに対する回復にある。



#11.Lust



自室を後にし、凛は工房の中の最奥にある小部屋にこもる。

もう、いつからそうしていたのか思い出せないくらい昔からの行為。手を洗浄し、魔力を高めるため
に香を炊き、そして…護符を作る。正確に言えば、護符にするカードを選ぶためタロット占い
をするのであった。

デッキをすばやくテーブルの上に広げ、無心でシャッフルする。本来であれば占う事を瞑想するの
であるが、それは凛にとっては不要の行為であった。なぜなら、1オラクルで引くカードはいつも
同じ。数多のカードの中から、彼女を体現するカード『#1.The Magician』を引くためにシャッフル
をしているのだから。

多分、物心つく前に父親に教えられた精神統一法。それが78枚のカードの中から一番魔力の強い
カードを心で感じ取り、護符にするという行為なのだった。今の凛であれば、そのような行為は
必要ないのかもしれない。しかし彼女は律儀にも、父親が死んだ後もずっとこの行為を行っていた
のだった。


「てやっ!!」


その見目とはかけ離れた勇ましい掛け声とともに、カードを一枚引く。
いつも通りThe Magicianを引いて、聖別を施し護符にする………はずだったのだが。
目の前に引かれたカードは『#.11 Lust』だった。アポロ神の代わりに現れた、ライオンと女に
呆然とする凛。少なくともこの10年、毎日毎日数え切れないぐらいタロットを引いてきたが、
今まで一度たりとて、The Magician以外を引いた事が無い。それなのに今日に限って…。


「あっちゃぁ…雑念、入ったかなぁ。」


Lustと言う言葉から、紡ぎ出されるイメージ。
マンダリンオレンジに染まった、男の髪、肩、投げ出された足。挑発的な肉体とは裏腹に、
浅い眠りに包まれた男の醸し出す雰囲気は、まさにこの世のものではなく。そして…それは何故か、
とても凛を切なくさせた。


「ちっ。」


雑念の正体に察しがついて、思わず自身に舌打ちをする。そして、例の尊大な態度の…アーチャー
のことを考える。だいたい、マスターが家に帰ってくればサヴァーントなんだから気配に気付く
はずだろう。それが、出迎えにこないどころか、部屋で昼寝ときてる。…もしかしたら、狸寝入り
でも決め込んでたのかしら…といまさらながらその結果に至って、ギリリと歯を噛み締める凛。


「全く!気を使ってブランケットなんて掛けてやるんじゃなかった!!」


悪態を一つついて、凛は『何故、切なく』感じたのか、思考する事を止めた。
その思考が精神統一の邪魔になる事が本能的に理解できていたからだった。
一瞬で魔術師に戻った凛は、引いてしまったタロットカードを注視する。


「Lustかぁ…アップライトで引いたから、リーディングは…イケイケGOGOってところか。」


悪くないじゃない。凛はくすりと笑い、カードにキスをし、魔力を与える。


「ここぞというときに、よろしくね。期待しているから。」


護符となったカードに祈りをささげ、凛は御守袋の中にカードをしまった。
そして、思考の中からその護符のことさえも追い出し、翡翠の梟を作るために宝石に意識を
集中させたのだった。



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