リバース、リバース、スキップ、スキップ。
ほら、二人でやると結局自分の所に返ってくるのね。



Night watch



それは、一瞬の出来事だった。凛がその時認識できたのは、男の体温。
男は凛をその肉体で守り、彼女が受けるはずだったすべての痛みをただ一人で受け止めた。


そしてそれが…


許せなかった。





元を正せば、明らかに凛のミスだった。

先に怪しげな結界がある事に気がついたのはアーチャーの方だった。しかしその異様な雰囲気から、
この場は見逃しておこうとアーチャーは主張したのだった。だが…凛はそれを受け入れなかった。
夜警の結果が芳しくなかったこと、そして…今日は何故か妙に『イケル』という自信があったのだ。


「…本当に外すのかね?この程度の結界に何か意味があるとは思えないのだが。」
「微かにだけど、生命力すってるっぽいし。ゴミ虫でも潰しておいた方がいいでしょ?
 アーチャーがイヤなら、私の自己責任において結界解除するから。下がってて。」


そこまで言われると、アーチャーに反論する余地はなく。まぁ、反論したところで例の絶対服従
プレッシャーをかけられるに決まっている。しかたなくアーチャーは凛の後ろに控えた。


「Juwelen in einen Ring setzen(指輪に宝石を嵌め込み)mit aller Kraft(全身に力を込め)
 einen Bann brechen!(呪縛を解く)」


凛の突き出した右手に、魔力の結晶体である指輪が出現する。その指輪が呪縛を断ち切る光を
放とうとした、その瞬間、結界の本来の力が動き出した。


「ちっ!」

凛も即座に自分の犯した過ちを理解した。これは、生命力を吸い上げるための結界ではない。
生命力を吸い上げるのは、あくまでもフェイク。結界が生命力を集める事を阻止しようとする
マスターを狙った、自動攻撃用魔方陣だったのだ。その魔方陣は偽りの結界を解除しようとする
マスターの魔力を吸い、魔方陣に組み込まれた…俗悪な呪を増幅させて攻撃する。
凛もすぐさま発動しかけた魔術を強制的に遮断し、防御体勢に入る。只、防御するための魔術を
唱える暇はなく、即時につかえる…例の守り袋の中身を呼び出す。


「Talisman.(護符)#11.(十一番)Lus....」


それは、一瞬の出来事だった。凛が護符を呼び出すよりも早く。
凛がその時認識できたのは、男の体温。
男は、真紅の外套で凛を包むと…魔方陣から発動した怨嗟の鏃を一身にその背に受けた。


「アーチャー!!!」
「…っつ。だから、聞いただろう?本当に外すのかと。」

やれやれ、といった口調でアーチャーは凛を開放する。
しかし、アーチャーの腕を振り払って向き直った凛の口から発せられた言葉は、
あまりにも厳しいものだった。


「…なにやってんのよ!!アーチャー!!!」
「はぁ………君って人は。助けてもらってそれか。」

アーチャーは溜息交じりに凛を見つめ…そしてすぐに視線を外した。
アーチャーの視線の先には、憤怒の色を隠そうとしない凛の瞳があったのだった。


「何で、私を庇うのよ!!」
「ほう、異な事を聞くな。サーヴァントがマスターを守ることは道理だろう?」
「…そうだけど。今のはアーチャーが身代わりになる必要性、無かったじゃない。」
「ん…確かに、ゴミ虫とやらを潰し損ねたのは君の過ちだからな。自己責任という
 意味では必要無かったな。しかし、私もこんなところでマス…」


「そうじゃない。」

凛のか細い声が、雄弁なアーチャーを黙らせる。そして、しばしの沈黙。凛は、両手をぐっと
握り締め………昂然とアーチャーを罵った。


「魔力防御が低いくせに、身代わりになろうなんて100年早いのよっ!!大体私がしょぼくて
 魔方陣発動しちゃったんだから、自業自得なの!!あんぐらいの怨嗟だったら、寧ろ護符で
 クッションかけて私が食らっちゃった方がトータルダメージ的には少ないのぐらいアンタでも
 判ってたでしょうが!!!判ってたくせに盾になろうなんてこのアンポンタン!!!!」

「…言いたいのは、それだけか?」

アンポンタン…本当にアーチャーはアンポンタンだ。凛は涙が出そうになるのをぐっと堪える。
ノーガードであれだけの怨嗟の鏃を食らえば、肉体的にだけではなく、その傷口から『呪』が
入り込んで精神的にもつらいだろう。その結果が判ってても、それでもアーチャーは凛をその肉体で
守り、彼女が受けるはずだったすべての痛みをただ一人で受け止めた。そして、それが最善だったと
信じて疑わない。挙句に、凛に向かって、まるで何事も無かったような顔をするのだ。


それは…まるで…「あの風景」と一緒ではないか。
それが、凛には許せなかった。どうしても、許せなかった。


「今日の夜警はお終い!!!」
「む。まだ私なら十分やれるつもりだが?」
「私の気分が乗らない!!!!」
「…ふう。…本当に君は。」
「こういう日は家に帰って早寝するに限るのよ!!!」

アーチャーはひとつ、大仰に肩をすくめる。凛は、そのアーチャーの余裕をかました尊大な態度に
免じて、アーチャーの足元に広がりつつある血溜りを見なかった事にした。




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