『正体もなく、今ここに告白をする、恥もなく、
品位もなく、かといって正直さもなく
私は私の幻想に駆られて、狂い廻る』
痛刻
男は地に這いつくばる。
冷々とした地下室。自分の他に発する熱はなく。
ただ、無機質な魔法陣が男の肉体を抉る。
「ふ…お似合いだな。」
男…アーチャーは自嘲とも諦念ともつかない呟きを一つもらした。
凛の申し出により夜警を引き上げ遠坂邸に帰ってきたのがつい先ほど。その間に出血は止まったが、
思った以上に怨嗟の呪が体の奥に入り込んだ。これ以上放っておくのは得策ではないと判断した
アーチャーは、凛に例の魔法陣を使うことを告げた。本来はアーチャー召喚のために使われるはず
だったが…平たく言えば凛の召喚失敗のおかげでまだ魔法陣には魔力が残っていたのだった。
「こういう時は一人で眠りたいのでね。起き抜けに君の凶悪な顔などを見たら…
良くなったものも、悪くなりかねん。」
「あ、そう。」
凛は興味なさそうに一言発すると、自室へ戻っていった。
アーチャーは地下室に降り、魔法陣に横たわる。怨嗟の呪は英核を傷つけるほどではなかったが、
腐肉を漁る蛆虫が如く、アーチャーの神経をいたぶった。神経は精神へとつながり、心の奥底に
ある記憶を無理矢理こじ開けようとする。しかし、アーチャーは自身の肉体に痛みを与え、
こみあげる感情を押し止めた。アーチャーは己が左手になんの躊躇いもなく、双剣の片割れを
深々と突き刺したのだった。しかしその傷でさえも、英霊の肉体の回復力を考えればほんの僅か
の時間稼ぎにしかならない。
それでもアーチャーは痛みに集中し、瞼を閉じ、眠りにつこうと努力した。いつもなら、それで
お終いのはずだった。しかし…今日はいくら痛みに集中しようとも、眠りにつくことは出来なかった。
瞼を閉じると鮮やかに思い出される、凛の瞳。憤怒の色合い。
それは嘲りでもなく、憎しみでもなく、哀れみでもない。そこにあるのは正しく、怒り。
極めて純粋なる、感情。
「ふ。どうせつまらないものでも観せられているのだろうな。」
マスターとサーヴァントとの契約は、どうやら魔力提供だけでなく精神的なつながりも作って
しまうものらしい。日中は自我の外殻によって守られている心の内が、睡眠中など意識が朦朧として
いる時には脆くなって漏れ出してしまうのだ。漏れ出したものを受容できるかどうかは、お互いの
相性や感受性の問題もあるので一概には言えない。しかし、朝な夕なに見せる凛のふとした視線
を考える限りなんかしらのイメージを受け取っているのだろう。
実際、アーチャーも凛のイメージを夢見た。
それは、僅か一分ほどの風景。
出て行く父親の背中。それだけだった。そして、ただそれだけを繰り返す。繰り返す。繰り返す。
遠坂凛が魔術師として、独り立ちした瞬間。父親が娘を捨て、魔術師に遺言を残した瞬間。
その瞬間を、ただひたすら、繰り返す。繰り返す。繰り返す。
もしかしたら、凛はその時に囚われて、一歩も前に進んでいないのかもしれない。
案外、前に進んでいないことにさえ、本人は全く気がついていないのかもしれない。
「凛の性格を考えると、ありえるな…あれは大事なところが抜けているから。」
「ちょ!ちょっと!!!誰が抜けてるですってぇ〜〜〜!!」
アーチャーがゆっくり目を開けると、そこにはブランケットと薬箱を持った凛が、怒り心頭
といった表情で立っていた。その様子をぼんやりと見つめて、アーチャーは考える。
自分は凛の気配に気が付かなかったのだろうか、それとも凛の気配に影響されて凛に思いを馳せた
のだろうかと。どちらにしろ、今の自分の状況は最低らしいとアーチャーは認識した。
「…一人で眠りたいと伝えておいたはずだが?」
「聞いたけど、了承はしてないわよ。」
「…本当に君って…」
アーチャーが溜息をつきながら、説教をしようとするのをさえぎって、凛は答えた。
「あーもうそれは言わなくていいわよ。今日はそれ聞き飽きたし。」
そういうと、何故か勝ち誇ったようににっこり笑って地に横たわるアーチャーに近づいたのだった。
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