Not doing,
But being...



pathos



それは、砂漠に水を撒くように。
それは、母犬が仔犬に乳を与えるように。
それは、あまりにも自然に…私の体に染み込みこんでいったのだった。



唇と唇が触れることをキスと呼ぶならば、それは間違いなくキスだった。だが、それはあまりに
も拙く、子供だまし。しかしそのキスは…ただ、一心に強い想いを伝えてきた。



『憤怒』


そう、彼女は怒っているのだ。独り生き急ぐ私に。そして何故自分を置いていくのかと…
置いていかれる自分自身に、彼女は怒っていた。それは極めて純粋な感情。私が望むべくも無い感情。


だから。


触れるのが怖かった。触れた先にある、彼女の感情。彼女の情熱。
知られるのが怖かった。触れられた先にある、私の劣情。私の虚無。




アーチャーは、そっと唇を離した凛の瞳を見つめた。その瞳は先ほどまでの憤怒とはうって
変わって、不安と心配とが綯い交ぜになった複雑な色合いをしていた。複雑な色合いをしてはいたが
それは慈愛に満ちていて…美しかった。そう、美しかったのだ。アーチャーは耐え切れずに視線を
はずす。そして、今一度同じ言葉を吐こうとした。


「頼むから…ひとりに…」


しかし、アーチャーの言葉を遮る様に凛の唇は、再度アーチャーの唇を塞ぎ、さらにその精悍な
頬や首筋にやさしく触れた。触れた先から広がる、凛の体温。空っぽのアーチャーの体の中に、
凛の体温が…魔力が…柔らかく染み込む。アーチャーがどれだけ意識を強張らせて拒絶しようとも、
その柔らかい感覚はアーチャーを満たしていった。


「…君を…傷つけたくないんだ…」




嘘。

傷つきたくないのは、自分自身。

満たされたくない?

否。

満たされてはならない。触れてはならない。知られてはならない。
なのに、こんなにかすかに触れただけで…こんなにも満たされている、自分がいる。
それ以上を求める、自分がいる。そして、つまらない自分を受け入れてほしいと願ってしまう…
自分がいる。触れ合わなければ、分からなかったのに。触れ合ったら、知られてしまうのに。






凛はアーチャーにつたないキスを繰り返す。


こんなつたないキスじゃ、アーチャーは感じないだろうということは、凛自身分かっていた。
だけど、それ以外どうしていいのか分からなかった。だから、キスを繰り返した。
そして…自分の唇が触れたその瞬間、僅からながら魔力を与えることができること…
それだけは分かった。触れた先から、与えた僅かながらの魔力がアーチャーを満たす。
しかし…それでも。アーチャーは希うのだ。独りにして欲しいと。



「私を傷つけたくないですって?」


凛は自分の前に跪く男を見つめる。今まで尊大で、自信家で、減らず口が多くって、
皮肉屋で…そんなヴェールでこの男は自身の虚無を覆い隠していた。だが、今なら分かる。


「あんた、本当にアンポンタンね!!腹が立つ!!!」


そして、自分自身に腹が立つ。
もはやこの男を救うことはできない。そんなの分かってる。それでも、願ってしまう。
目の前に跪く男が救われる瞬間を。男が満たされる瞬間を。たとえそれが刹那であろうとも。
割り切れてしまえばよかった。サーヴァントは使い魔なのだと。聖杯戦争の道具なのだと。
だが、割り切れなかった。私の名前を問うて…私の名前を呟いて…微かに笑った…男の笑顔を。


「傷つくわけ、ないでしょう?」


凛は優しくアーチャーの髪を撫でる。


「だって、アーチャーは…私のサーヴァントなんだから。」


アーチャーはただ、無言で凛を見つめる。


「…うがー!!本当っにあんた諦め悪いわね!!!」


そう言い放つと凛は…スカートのホックに手をかけた。





思考が止まる。
彼女が触れるたび。
後悔に溺れる。
彼女が触れるたび。


なのに、彼女は。
私の頭を撫でて。


『だって、アーチャーは…私のサーヴァントなんだから。』


そう言って、彼女は。
私を受け入れてくれた。


あの日、紅蓮の炎の中。
私を見つけてくれた男のように。


ただ、私を…

だから、私は…





凛はホックをはずすと、勢いよくファスナーを下ろそうとした。しかし、その手をアーチャーが
すんでで止める。


「この期に及んで!!」


凛が吼える。しかし、アーチャーの手は凛がファスナーを下ろす事をとどめただけではなく、
そのまま凛の腰を強く引き寄せ…抱きしめた。強く、抱きしめた。


「あ…」


凛は予想外のアーチャーの行動に思わず声を上げた。しかし、その小さな悲鳴はアーチャーの
唇によってかき消される。唇から伝わるアーチャーの体温は、先ほどの比ではない。
凛の唇を割り込んで、舌を絡める。息もできないほど、激しくアーチャーは凛の唇を蹂躙する。
かと思うと凛の薄く形のよい下唇を優しく啄ばむ。



「ん…ん…」



凛は抵抗するどころか、声を上げることさえできない。いや、抵抗も、悲鳴も、思考の端にも
上らない。思考が飛ぶ。ただ、アーチャーのキスを受け入れる体になる。
微かにアーチャーが唇を離した瞬間だけ、凛の思考が戻る。しかし、離した唇から漏れる
アーチャーの言葉がまた凛の思考を奪う。


「………凛…」


アーチャーは、ただ凛を見つめ、凛の名を呼んだ。
名を呼ぶほか、何も言葉がなくても、それがすべてを語った。

凛には、もはや答える言葉がなかった。
だから、言葉の代わりにアーチャーを強く抱きしめる。



その返事を受けて、アーチャーは凛を優しく組み敷いた。





next

go to fate top

go to home