『「姦淫してはならない。」 と言われたのを、あなたがたは聞いています。
 しかし、わたしはあなたがたに言います。 だれでも情欲をいだいて女を見る者は、
 すでに心の中で姦淫を犯したのです。』 (マタイ5:27-28)



Sin and Punishment(前編)



やわらかな日差しが差し込むある日の午後。ランサーは言峰の自室で録画した韓国ドラマを見ていた。
…もちろん、聖杯戦争の最中。やるときゃぁやる気なランサーなのだが、令呪を使ってまで命じられたのが
斥候という仕事。とりあえず、全てのサーヴァントと対戦して情報を収集してきた今となってはあまり仕事が
無い。ただでさえ、日中は人目を憚って魔術師どもの活動が鈍くなっている。それゆえ…昼間から
韓国ドラマを見ているような有様だったのだ。


「どうやら、暇のようだな。ランサー。一つ仕事を頼まれてはくれないか?」


急に声をかけられて、振り向くランサー。自分のマスターながら、人間とは思えない気配の消し方で
近づいてくる。そんな言峰の手には何か荷物が持たれていた。


「んあ。却下。俺、今忙しいから。」


そう言い放つと、ランサーはドラマに集中する。言峰の令呪は後一つ。この間マーボーを大至急持って
帰って来いというのに使ってしまっているので、そうそうには無理な命令はしてこないと踏んだのだった。
しかし、言峰の方もそんなことは先刻承知。不敵に笑って、ランサーに途方も無い事実を告げた。


「その韓国ドラマだが…あと5分ぐらいで、切れるぞ。」
「はぁあああ!?」
「他の番組が上掛けされていた。」
「て、てめぇ〜〜〜!!よくもやってくれやがったな!!!」
「ふん。文句は私にではなく、ギルガメッシュに言え。」
「くっそ。あの金ピカ野郎…ただじゃおかねぇ!!!!」
「まぁ、アレも悪気があってやったわけではないだろう。許してやれ。」
「許すもクソもあるかよ!!こ、こんないいところで…」


よくよくランサーを見ると、その瞳は微かに潤んでいる。どうやら泣きのシーンだったらしい。言峰は、
はてそんないいシーンあったかどうか…と自問し、それが愚問であったことに気づいて内心苦笑した。
サーヴァントでさえ理解できるような、純粋なラブストーリが根本的に理解できない自分自身に遭遇
したからだ。ひとしきり自分を嘲笑したところで、言峰は手に持っていた荷物をひらひらと振って
ランサーに見せた。


「このレンタルビデオを返却してきて欲しい。ついでに会員証を貸してやるから、
 そのドラマの続きを借りてくればいい。それならお前も納得できるだろう?」
「んー。もしかして延滞とかしてんのか?だったら自分で返してこいよ。」
「ふん。神父が約束事を守れないでどうする。これから告解の時間なのでな。まさか、
 迷える子羊を放ってレンタルビデオ屋に行くわけにもいくまい。」
「ち………しょーがねーなー。」


ランサーはしぶしぶながらその使いを承諾した。やはり、韓国ドラマの続きが気になってしょうがない
というのが一番の理由であったが。しかたなく、ランサーは言峰のクローゼットから洋服を漁る。さすがに
レンタルビデオを返却に行くなら実体化していないと拙い。今日は黒のタートルネックと細身のパンツを
引っ張りだしてきて身支度を調えた。


商店街の中の一角にあるレンタルビデオ屋は、大手チェーン店では無い割にはなかなかの品揃えで、
そこそこ繁盛していた。どうやら店のアルバイト女子店員がそろって美人ぞろいというのも大きいらしい。
まずランサーが向かった返却カウンターの店員もなかなかの美人だった。


「あ、コレ返却。」
「ご利用ありがとうございました!中身確認させていただきます〜。
 えっとぉ、十戒の上巻と…あれ?これ、お客様ビデオ違いますけどぉ〜」
「は?」


アルバイト女子店員が見せ付けたそのビデオには…


『スカトロマーボー宅急便Vol.1』


と、手書きで書かれていた。


「あの、お客様のビデオですよね〜このスカトロマーボー…」
「って、オイ!!!んなぁわけねぇだろうが!!言峰ぇぇぇえ!!!!」
「でもぉ、当店のビデオではありませんしぃ〜スカトロ…」
「なななな何度も読むなよ!!!!」


ランサーが声を荒げれば荒げるほど、周りの視線が痛い。針の莚とはよく言ったもので、全身にちくちくと
痛い視線が刺さる。たとえ、自分は否定しても、自分が持ってきたからには明らかに自分のビデオ
と思われてしかるべき。しかも、ラベルは手書きで非常に怪しい。ランサーは穴があったら入りたい
気分に襲われていた。いや、穴が無いなら寧ろ掘りたい。そんな絶望的な気分に襲われているランサーに
止めを刺したのは、後ろでビデオの返却を待っていた次の客だった。


「ランサーって、結構マニアックなのね。」
「…!?」


ランサーが振り返ると、そこには眉根を顰めてランサーのビデオを見つめる遠坂凛がいた。




一方そのころ。


薄暗い告解室の中で、憂い深い顔の神父と…金ピカが対面していた。


「で、何を告解したいのだ。」
「ふん。マスターとはいえ雑種の類に告解するような事は持ち合わせておらん。」
「…相談したいことがあると言い出したのは、お前の方だろう。ギルガメッシュよ。」
「…相談というか………。」
「何を言いよどむ。英雄王よ。」


その言峰の言葉で踏ん切りがついたのか、金ピカ…もといギルガメッシュは、その端整な顔に微かに
苦悩をにじませ、言葉を発した。


「…記憶がないのだ。」
「…いつのだ?」
「昨日の夜…ほんの2時間ほどの間なのだが…。なにか、恐ろしいものを見た。
 それだけは確かなようなのだ。それは、聖杯の中身より邪悪で…」


言峰はギルガメッシュの様子を伺う。尊大な英雄王は、本人は気づいていないようだが微かに震えている。
どうやらよほど恐ろしいものを見たらしい。懸命にその事柄を思い出そうとしているのか、苦悩の色は
さらに濃くなり、額には脂汗が滲んでいた。


「ほう。聖杯の中身より、邪悪だと?」
「ああ。そして…茶色かった。」





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